ナッジ2 ユーザーの行動に繋げる-インセンティブ(報酬でうながす)

金銭だけではなく、社会性などの条件もインセンティブになる。インセンティブによって、相手の本音を明らかにすることもできる。必ず抜け道を探そうとする人がでてくる。 

《仕組みの特徴》

 ナッジは、無意識に行動をうながすことが理想だが、ユーザーが自分の意思で選んで行動してもらう場合には、インセンティブ(報酬)の設計が欠かせない。熟考させる選択肢はなく「だったらこれを選ぼう」と、自然にユーザーに仕向ける方法をここでは取り上げる。インセンティブは、直接的で表裏のない意思(表明選好)にはたらきかけるものであれば、口ではいわなかったり、自分でも自覚がない無意識である意思(顕示選好)にはたらきかけるものもある。金銭が欲しいときの意思表明はわかりやすいが、承認欲求などは見えにくい意思である。インセンティブの動機は大きく4つに分かれる。例えば省エネでインセンティブを提示すると、次のように表現が変わる。 

・金銭的:お得になりますよ。

・道徳的:環境保護につながりますよ。

・社会的:やると褒められますよ。

・群集心理的;みんなやっていますよ。 

 ビジネスでは金銭で解決する案が多くみられる。実社会では、他3つの方が強力な場合もある。社会心理学で有名な「影響力の武器」の著者であるロバート・チャルディー二は、

電力消費の節約に対して、インセンティブの言葉を変えて人々の反応を測定した。結果、一番効果があったのは「この近所の皆さんと省エネを進めましょう」ということばだった。「ご近所」という言葉が集団に加われると安心して、反対に加われないと不安になる、という心理にはたらきかけている。

 インセンティブとは逆に罰を用いるときにも、4つの報酬はそれぞれ人の心理や行動に影響する。ある保育園は、両親のお迎えが遅れる状況に罰金仕組みを取り入れた。両親はそれまでは遅刻に対してもう訳ないと思っていたが、罰金によって「お金を払えばいいんだ」と考えるようになった。その結果、遅刻する人がさらに増えてしまった。金銭と他の3つのインセンティブの違いがよく現れている例である。

 寄付のような利他的好意でも、インセンティブは効果がある。スマイル・トレインという口唇裂手術をサポートする団体は、寄付者の善意に頼るだけでなく、「今すぐ寄付してくれれば、2度と寄付は求めません」という案内を出した。これによって、寄付の割合を増やすことに成功した。続けたい人は継続して寄付してくれて、これっきりの人も今回限りとして高い割合で寄付をしてくれた。

 インセンティブは、相手の本音を引き出すことにも使える。アメリカの靴の通販会社として知られているザッポスは、社員が最初の研修を終えた時点で、給料1ヶ月分をもらって辞めるか、もらわずに仕事を続けるか、自身で選べる制度を取り入れた。これは、金銭的インセンティブと社会的インセンティブを、天秤にかけたテストである。ザッポスは社内文化を重視している会社なので、短期的な利益が強い動機になる人は望んでいない。この選択はどちらであっても、本人にも会社にも望ましい結果となる。

 一方インセンティブには、注意点もある。それは、抜け道を見つけようとする人が必ず出てくることである。「コブラ効果」という植民地時代のインドでの例がある。コブラを捕まえたら賞金を出すルールをつくったところ、賞金目当てでコブラを育成する人が出てきた。よりコブラが増える結果となってしまった。仕組みの穴をつかれ裏目に出た事例は、行政の政策や環境問題などでよく見られる。ユーザーを過信せず、注意深く設計しよう。 

《効果的な理由》 

理由1.機会損失

 でフォルトと同様に、ユーザーは提示された条件に対して、損をしないことを強く意識する傾向があるので、交換条件が有利だと感じたり、リスクが少ないと感じられれば、インセンティブは機能する。ここにはプロスペクト理論や希少性が関係する。さらに、ここに時間軸が加わると、今交換しなければ損になるという、現在バイアスも影響する。 

理由2.群衆心理

 ハーディング効果やバンドワゴン効果に代表されるように、周りがやっているという条件が選択にも影響を与える。ユーザーは、集団に所属できることによって有利になる、社会的インセンティブや群集心理インセンティブを意識する。例えば、行列に並んでいれば希少な機会を得ることができると考えたり、多数派に属していれば自分だけが目立つことがないという安心感が得られるなどである。 

理由3.自己弁護

 習慣や意識を変えることは難しく、周囲がアドバイスしてもなかなか聞く耳を持ってくれないものだ。そんなとき、インセンティブの交換条件が提示されると、自分の気持ちを一度突き放して、冷静に行動を見直すきっかけになる。真夜中のラブレターで紹介した例のように、ユーザー自身が言い訳できる感情軸とは別の選択肢の提供が効果的である。 

理由4.等価交換

 インセンティブは交換条件で成り立っているので、対等な関係でなければならない。ユーザーが権威や返報性などを感じ取り、相手に操られていると感じてしまうと、反発したくなる心理的リアクタンスがはたらく。また、インセンティブが金銭の場合、ユーザーは実利的なこと以外に関心を持ちなくなるので、アンダーマイニング効果の外発的な動機だけでなく、内発性にはたらきかけことも意識しよう。