ナッジ1 ナッジの構造

 行動経済学を実際の商品やサービスに活用する「ナッジ」の方法を紹介する。ナッジ葉「小突く」という意味である。軽くヒジでつくようにユーザーを後押しして、好まし選択ができるように、そっと仕向けるための方法で、私利私欲のために強要したり、あからさまな誘導をすることはナッジではなく、スラッジ(汚泥という意味)という。なので、ナッジは前提として倫理観が大事である。

 書籍「実践行動経済学」の著者である、リチャード・制ラーとキャス・サンスティーンは、ナッジは「リバタリアン・バターナリズム」という考え方がかかせない、と述べている。リバタリアンとはリバティ=自由のこと。バターナリズムとはバターン化のことではなく、パトロンの語源であるバテル=父のことで介入を意味する。自由と介入、矛盾する2つの言葉だが、あくまでも選択肢は自身の中で、よりよい選択が行えるよう促すことを意味している。ユーザーに自由がない選択肢の提供はナッジではない。

 ナッジは、ユーザーが間違わないよう操作してもらう、楽しみながら使うことができる、という目的で用いられる。ユーザーの立場に立って、商品やサービスの仕組みを考えることは、デザインという行為そのものであるといえる。ナッジを組み込んだ商品やサービスがデザインできるようになると、ビジネスの価値を高めるだけでなく、よりよい社会をつくることにもつながるはずである。 

《異なる2つの目的》

 なっさしゅをデザインするには、2つの視点を行き来することが必要となる。1つは、ユーザーにとって嬉しいことは何かを考える視点である。そしてもう1つは、商品やサービスを提供するビジネス側の人が、ユーザーに起こしてほしい行動は何かを考える視点である。実はユーザー側の目的とビジネス側の目的は、多くの場合は一致しない。ここが難しくもあり、デザインで工夫のしがいがあるところでもある。

 例えば、ナッシュの有名な事例に、ハエの絵がついた男性用トイレがある。ハエが付くと、ユーザは思わずハエをめがけて当てたくなる。このときユーザー側は、ただ楽しいからやってみたいという目的がある。一方ビジネス側には、衛生的に使ってもらいたいという、ユーザーとは違った目的がある。このように2つの目的はそれぞれ異なるが、ハエの絵という1つのデザインによる解決策で、両社の目的を結び付けてている。

 『仕掛学』の著者である松村真宏氏は、ユーザーに行動を促すためには、3つの要件が必要だと述べている。1つめはFairness=誰も不利益を被らない公平性である。2つめはAttractiveness=行動が誘われる誘因性である。そして3つめがDouble of  Purposes=提供者の目的が異なる、目的の二重性である。ビジネスの側の論理で考えた標品やサービスが、実際には意図した通りに使ってもらえない、といったことはよくある。

 その要因の多くは、ユーザー側の目的があまり考慮されずにデザインされているからだ。あなたが、何か企画や提案をしようとしているなら、まずユーザー側とビジネス側の異なる目的を、それぞれ書き出してみよう。そして、2つの異なる目的を満たす解決策は何かを考えてみよう。これを見つけることが、ナッジを促すためのデザインのヒントにつながることになる。 

《介入度合い》

 とはいえナッジは、人を導入するテクニックの1つであることにかわりはない。誘導にはいくつかの方法がある。次の図(省略)にあげた、強制、要請、交渉、そしてナッジは、それぞれ介入度合いが違う。例として、行政のコロナ対策を照らし合わせて、比較してみよう。最も介入度の高い「強制」は、施設での検温や幹線発覚時の14日間隔離に相当する。これは命令に近いものだ。行動を促す方法の中では一番強力だが、、ユーザーが悪意を持たずに取る行動に対して、法律などの強制力をはたらかせることは簡単ではない。

 その次に位置づけられる「要請」は、政府や都道府県の発表などでよく見られる。お互いが理解を示していれば問題ないが、判断をユーザーの良心ゆだねているようで、要請に従わない飲食店などには社会的制裁を科すといった、相手に罰を与えるような使われ方も見られる。この場合は要請ではなく、強制や脅迫になる。対話の機会を持つ「交渉」は、Give & Takeの世界である。

 リモートワークや時短営業にすると補助金が出るなど金銭だけでなく、条件を受けることで他者より優位な条件が得られることも、交渉の条件に含まれる。この場合は損得の世界なので、善意や良心とは異なる実利的なアプローチになる。

そして、最も介入度が低いのが「ナッジ」である。例えば、店舗の入り口と出口を分けることで人の混雑と接触を避けるといった工夫は、人が不快に思わずそのくらいなら別にいいよ、と思えるものだ。このようにユーザーが無理なく望ましい選択ができるよう設計されていることを、ナッジでは「選択アーキテクチャー」という。他と比較したときのナッジの特徴は、次のような点である。 

・ユーザーが不利にならないための誘導

・ユーザーが気付きにくい誘導

・ユーザーが平等に受けられる誘導

・ユーザーは気兼ねなく断ることもできる誘導 

 なのでナッジは、命令とは対極の、ユーザーの自律を尊重した誘導であるといえる。