バイアス8 サンクコスト(もったいないの罠)

先にお金を払うと元を取ろうと考えてしまう。投資と成果を意味付けすると損切りができなくなる。ときには損切りしないで没頭することも大事。 

《行動の特徴》

 映画館に行き、上映開始10分でつまらない内容と感じた場合、どうするだろうか。「せっかくだから最後まで観続しよう」とするか「時間のムダたから出てしまう」と判断するか、という選択肢がある。これは「サンクスコスト」の考えそのものである。映画を観る前に払ってしまったお金は取り戻せない。映画は2時間だが、映画が面白くてもつまらなくても、払ったおかねは返してもらえない。ならば、つまらない場合はすぐ観るのをやめて映画館を出た方が、自分にとって時間の損失が少ないと考えられる。

 サンクスコストとは、SunkSink=沈むの過去分詞)+Cost(お金)のことで、沈んで戻らないお金のことを意味する。「せっかく払ってしまったのでもったいない」と思って続けてしまうと、損失はどんどん膨らむ。なかなか事業撤退できなかった飛行機のコンコルドが、サンクコストの代表例としてよく挙げられる。サンクコストはお金の話だけではなく、スポーツ、勉強、趣味など、投資した時間や労力の全般にいえることである。客観視ができず投資したことに対して結果は比例するはずと思い込んでしまうと、撤退のタイミングを逃してしまう。

 ただし、何でも冷静に損切りすることが、よいとも限らない。損かどうかだけですべてを判断してしまうと、自分の知らない可能性に出会う機会を失うことにもなりかねない。同じ映画を観ても「変なシーンや矛盾を見つけて、友達との話のネタにして映画代のもとを取るぞ」と考える人もいる。バイアス2のバンドワゴン効果でも紹介した、みうらじゅんは、対談でこのような発言をしている。 

《どんな映画でも、観終わったあと、すぐにエレベーターのあたりで「つまんなかったね」と、一言で片付ける人がいるでしょう。それは才能と経験がない人なんだと思います。映画は、おもしろいところを自分で見つけるものなんですよ。》(じゅんの恩返し-ほぼ日刊イトイ新聞 恩返しの38 https//www.1101.com/ongaeshi/050823index.html

 サンクスコストを意識した損切りの考えは大事だけど、ときにはサンクコストを気にせず、没頭することが必要なときもある。損切りは、他の人だったらどう思うか、蓄積したものを一度端において冷静になってみるという外発的な視点である。対して没頭は、やり通してみたら何か見つかるかもしれないという内発的な視点である。どちらかに偏っているなと思う人は、損切りと没頭の両方を行き来できるよう、意識してみるべきである。 

《活用方法》 

活用1.離見の見で観察する

 費やした時間と労力は、必ずしも成果には比例しない。時間に対して結果がついてこないときは一度、一歩引いた視点で冷静に自分の状況を見つめてみよう。これによりサンクスコストの罠に陥らず、切り替えのための方針転換ができるようになる。ジャパネットたかたの元社長・高田明は、能の世界でいわれている「離見の見」という考え方を参考にしている。自分を客観視して、過去の成功や自分のスタイルだけに固執せず、ユーザーの心を引き付ける商品の紹介を常に続けていた。 

活用2.無邪気にユーザー視点で発信する

 商品開発の会議で、力を入れたところや議論の観点が間違ってる、という状況はよくあることだ。そのときは、ユーザーの立場で発言してみてはどうだろう。「そんなことされてもユーザーは困るよね」とか「自分だったら本当に買うか?」など。開発側にどっぷり浸かっていると、こういった視点が抜け落ちがちである。ユーザーを盾に、社内で費やした労力の損切りを促してみよう。 

活用3.相手の心情を大事にする

 ただし、関係者の心情を逆なでするのはよくない。任天堂のもと社長・岩田聡は、プログラマーとして活躍していたときに、ゲームソフト「MOTHERE2」の開発で関係者に「今あるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチから作り直していいのであれば、半年でやりますと伝えた。損切りの判断は合理性の視点だけでなく、関係者の気持ちが迷いなく切り替えられているかを象徴する場面である。ビジネスはみんなの協力で成り立っていることを、忘れないようにしよう。

                  《お詫びとお知らせ》

 長い間お付き合いいただきました「マネジメント研究所ブログ」は、本日をもって終了させていただくことになりました。筆者としても、あと1年ぐらい続けようと思っていましたが、諸般の事情により退出することを決意いたしましたので、ここにご報告申し上げます。最後になりましたが、皆様のご健勝をここよりお祈り申し上げます。ありがとうございました。