日本的経営とは(4)

《年功制の経済的合理性》

 ここでは、年功制の人事や賃金に関する面に関する経済的合理性について見てみよう。人事や賃金に関する面での経済的合理性は以下の3点(「独自のノウハウの蓄積と継承」「人材育成に対する投資の回収」「中堅層が若手と高年層を支える」)がある。 

1)「独自のノウハウの蓄積と継承

 勤続年数に応じて年々上昇していく年功的賃金体系は、生活給としての意味をもつだけでなく、企業内のノウハウの蓄積や継承の仕組みとの関連にも合理的な意味を持っている。社員個人の能力については、所属する企業を問わずにどのような企業に勤めていても求められる一般的能力と、特定の企業内でのみ適用する企業特殊能力に分けることができる。「高度経済成長期までの日本企業においては、企業特殊能力である企業独自のノウハウを習得することが重要視されており、特に製造業の生産現場においては現在よりも各職務の遂行に高度の熟練が求められていた。そのような企業独自のノウハウや豊富な業務経験を持った人材を企業の外部から採用することは容易ではなく、また、個人にとっても業務に必要なノウハウを外部の学校や教育訓練機関に通うことで修得することは容易なことではなかった。

 そのような状況下では、企業の基幹的業務を担う社員を自社内で育成していく必要があり、企業内研修やOJTを通じて熟練の先輩社員から若手社員へ業務遂行に必要な技術やノウハウの継承が行われてきた。また、社員個人でも基幹的業務を担う人材を目指す社員は、そのような研修やOJTといった企業内教育を通じて自身の能力やスキルの向上を図ろうとしてきたのである。 

2)人材育成に対する投資の回収

 企業が企業内教育を実施するためには、人材育成のために行った教育訓練への投資が十分に回収できるだけの長い期間にわたって社員が安定的に勤務することを通じて、生産性向上という形で起業の業績への貢献を果たすという条件を満たす必要がある。それでは、入社後の時季を追いながら詳しく検証してみよう。入社後の数年間はまだ一人前の能力を持っていないため、初期投資期間にある。

 この期間には、終業時間内に研修を受けたり、先輩からのOJTを通じて業務遂行に必要なノウハウやテクニックを教えてもらったりするなど、多くの時間を能力開発に費やすことになる。周囲の社員も社内教育のために業務の時間を割かなければならないため、仕事の生産性低下というコストが発生する。教育の対象者本人の業績への貢献がほとんど期待できないにも関わらず、ある程度の賃金を支払っており、かつコストのかかるこの時期は企業側の持ち出しの多い時期と言える。

 そして、研修やOJTといった教育や業務経験を重ねるに従って生産性は急勾配で向上し、賃金も上昇していくが、生産性の上昇に比べて賃金の上昇幅は小さく、いつしか生産性が賃金を逆転する。中堅社員として働き盛りのこの時期は、生産性よりも賃金は低く抑えられことによって、企業は社員の入社後に実施した教育に対する投資を回収しているということができる。

 そして社員が中高年の時季になると、賃金と生産性は再度逆転し、賃金が貢献を上回るようになる。この賃金が貢献を上回っている部分が、企業が過去の借りを社員に返しているといういうことができる。しかし、社員に対して無限に借りを返し続けていくわけにはいかないため、ある時点で企業は雇用をストップする必要があるのだが、それが定年制ということである。