予測不能性{9.驚きの要素}

 

 今までのところ、無作為戦略の応用はもっぱら当事者の利害が対立するケースに限ってきた。ところが、当事者が共通の利害を持つ場合にも、無作為行動から生ずる均衡が成立する可能性がある。そのような場合は、行動をミックスさせると当事者両方にとって均衡は劣ったものになる。しかし、得られた結果が劣っているからといって、その戦略が均衡ではないとはいえない。均衡というのは状況の説明であって、こうした方が良い、というやり方を示すものではないからだ。

 行動をミックスさせるのは協調の失敗に起因している。この問題は、単一均衡が存在しない場合に発生する。例えば、電話が途中で切れた場合、どちらの方が電話をかけ直すか決まっているわけではない。お互いの意志を疎通できないと、当事者はどの均衡を期待すべきなのかわからない。広い意味でいえば、無作為による均衡は、協調的行動があれば決定される複数の均衡の間をとったものである。この均衡の妥協的性質は次の物語に示されている。

 デラとイブ0・ヘンリーの『マギーの贈り物』に出てくるタイプのカップルである。お互いへの愛は誰も図ることができないほど深く、両者とも相手に素晴らしいクリスマス・プレゼントを贈るためならどんな犠牲も厭わないのであった。ジムは家に代々伝わる懐中時計を売ってデラに髪用の美しいくしを買うつもりだったとし、デラは自分の髪を売ってジムに懐中時計の鎖を買うつもりだった。

 もし、お互いが相手のことを十分知っていれば、それぞれが相手にプレゼントを買うために自分のたからものを売り、悲劇的な結果が起こる可能性のあることがわかるだろう。デラはちょっと待って、髪をとっておいた方がいいのではないかと考え、ジムも時計を売るのを思いとどまるべきなのかもしれない。しかし、もし両方ともそう考えて売るのをやめれば、プレゼントがなくなり、これはこれで、また別の失敗と呼べる可能性もある。

 この物語は一種のゲームとして考えることができる。このカップの場合、利害はだいたい一致するにせよ、戦略の結果はお互いに連動している。両者にとって二人とも自分の宝物を売ってしまったり、あるいはプレゼントがなくなるのは悪い結果ということになる。具体的に考えるため、そのような悪い結果は得点ゼロということにする。片方がプレゼントを贈り、片方が受け取るという場合は二人とも自分が贈る方がいいとかんがえていると仮定して、送る側は2点、受け取る側は1点の得点とする。

デラが髪をとっておきジムが時計を売るというのは、一つの均衡として可能である。各々の選択は、相手の選択に対して最も良い結果となっている。しかし、デラが髪を売り、ジムが時計をとっておくというのもまた別の均衡である。この二つの均衡のうちどちらか一つ選ぶ合意が、お互いの理解によって両者の間に生まれているだろうか。驚きの要素もプレゼントの重要な属性であるとすれば、彼らは前もって合意するための意志の疎通はできないはずである。

行動をミックさせることは、驚きを保つためには役立つがコストがかかる。各々の三分の二の確率でプレゼントを贈る側にまわり、三分の一の確率でプレゼントを受け取る側に回るような行動をとると均衡に達することが容易に確かめられる。デラがこのような戦略を用いたと仮定しよう。そのときジムが時計を売る場合、三分の一の確率でデラは髪を切らずにいて(2点)、三分二の確率で髪を売る(0点)。ジムにとって平均の期待得点は2/3点である。

同様の計算をジムが時計を売らない場合について行うと、ジムの平均期待得点はやはり2/3点になる。それゆえジムには、二つの戦略のうちどちらかを選んだり、あるいはその二つをミックさせる理由はない。しかし、ここでもう一度、デラの最善のミックスはジムにも最善のミックス戦略をとらせる効果があり、またその逆も成り立つことを確認しておこう。

ところで、両者が最善のミックスの戦略をとると、結果が失敗に終わる可能性は大きい。九回中四回は、(0・ヘンリーの物語のように)相手がプレゼントにくれたものの対象をそれぞれ売ってしまっているし、九回中一回はプレゼントなし、ということになる。これらの失敗のため、両者2/3点ずつという平均期待得点は、片方がプレゼントを贈り、もう片方が受け取るという(贈る側は2点、受ける側は1点)二通りある均衡での得点より悪い。ここのところがテニスの例との相違である。テニスの例では行動をミックスさせることにより、両者とも成功率を上げることができる。

 なぜこのような違いが生じるのだろうか。テニスは当事者の利害が真っ向から対立するゼロサム・ゲームである。ミックスをそれぞれが行うことで、よりよい結果を得ることができる。一方、『マギーの贈り物』の例では、当事者の利害はほぼ一致している。それゆえ、彼らはミックスを強調させる必要がある。コイン投げをして表か裏かでどちらが贈り、どちらが受け取る側かを決めると良いだろう。

しかし、このカップルにはわずかな利害の対立がある。ジムは前の図(省略)でいえば、左上の結果を好み、デラは右下の結果を好むからだ。ミックスを強調させることは、両者に歩み寄りの妥協を与える。両者に共通のコイン投げで贈る側と受け取る側を決めれば、両者の平均期待得点はそれぞれ1.5点になる。しかし、この場合、驚きの要素はなくなる。