予測不能性{8.嘘のボディーガード(1)}

 

 自分が最善のミックスを使っていれば、相手にその事実を知られても問題ない。相手はこちらの無作為戦略を自分に有利に使うことはできないからだ。均衡戦略というのは、相手が有利になるようにするのを防ぐために用いられる。さて、何らかの事情で最善のミックス以外の戦略を使う場合は、秘密保持が決定的に必要である。この情報が漏れると、自分のコストに跳ね返る。

同じ理由から、もし相手に自分の本当の意図とは別のことを信じさせることができれば、自分が有利になる。19446月、ノルマンディ海岸への上陸を準備するにあたり、連合軍はドイツ軍に侵入地点はカレーだと信じ込ませるため、様々な手段を講じた。中でも最も巧妙なものは、ドイツのスパイを二重スパイに仕立てて利用したことだった。それも普通の二重スパイではない。

そのスパイが裏切ったことをドイツは知っているとイギリス側は確信していた。けれども、むろん、この裏切りに特別な意図があるとはドイツ側に知られないようにしていた。二重スパイとして情報の信頼性を失わせるため、そのスパイは本国に誤った情報をいくつか送り、これによってドイツ側は、送られた情報は逆に解釈すると役に立つと思い始めた。しかし、これは大事を成す準備だったのだ。

二重スパイが、連合軍はノルマンディに上陸する予定だと本当のことを伝えたとき、ドイツ軍はこれをカレーが実際の上陸地点であることを示す更なる証拠を受け取った。この戦略には他にも利点がある。上陸後、ドイツ軍はこのスパイが本当に二重スパイなのかどうかわからなくなるからだ。このスパイの言ったことは正しかった。信頼性を回復させると、今度はイギリスは贋の情報を送って信じさせることができる。

この話のポイントは、ドイツ側はイギリスの戦略を予想し、スパイが完全に寝返っている確率を考慮すべきだったといことだ。ミックス戦略または無作為戦略を使うときは、相手側をいつも、あるいはある特定のときにだますことはできない。相手を推測し続けざるを得ない状況に追いこみ、何かに一回騙せればそれでよしとすべきである。このことを鑑みると、自分の話している相手がこちらを誤った結論に導こうとしていると分かった場合は、相手の話を無視するのが一番良いということかもしれない。

 相手のいうことを額面通り受け取るのも、逆に正反対が真実だと考えるのも適当ではあるまい。ワルシャワ駅でライバル同士の二人のビジネスマンが出会い、次のような話をしたという。「どこへ行くんだい」一人目の男が言う。「ミンクスまで」二人は目が答えた。「ミンクスだって。ふ-ん。なんて図太い神経をしてるんだ。俺にピンスクへ行くんだと思い込ませるために、わざとミンスクへ行くといっていることなんかお見通しだぞ。

つまり、貴様が本当はミンクスへ行くつもりだと言うことはわかっているというわけだ。この大嘘つきめ!?」。行動は言葉よりは手掛かりになる。相手の行動を観察することで、相手が隠そうとしていることの真偽の程度を判断できる。上で見た例でも、相手の言うことを文字通りに受け取りないことがわかる。しかし、相手の真意を確かめようとするときには、相手の行動を無視すべきではない。

「手」が均衡になるようなミックスの正しい割合は利得によって決まる。それゆえ、相手の動きを観察することで、相手が用いているミックスについての何らかの情報、並びに相手の利得を推測するための貴重なヒントが得られる。ポーカーでの賭けの戦略は良い例である。ポーカーのプレーヤーは、「手」をミックスさせる必要をよく知っている。このことについてジョン・マクドナルドは、こうアドバイスした。「ポーカーの手は常に一貫性の仮面の下に隠さなければならない。

よいポーカー・プレーヤーは行動のパターン化を避ける。そのためには、ときとしてプレーの基本を壊すことさえ必要だ」。はったりをしない、硬いプレーヤーは大きく勝つことはほとんどない。だれも賭金を多くして彼と勝負しないからだ。彼は小さい場を何回も勝つかもしれないが、結局最後には負けてしまう。また、はったりの多すぎるプレーヤーは勝負を挑まれ、やはり負けてしまう。最善の戦略は、この二つのミックスである。

 ポーカーをプレーするいつもの相手が、手のいいときは三分の二の確率で賭金を上げ、三分の一の確率で賭金を相手と同額にし、一方、手の悪いときは三分の二の確率で降り、三分の一の確率で賭金を上げるとこちらは知っているとしよう(一般的に、はったりのときは賭金を相手と同額にするのは得策ではない。勝ち手を得る見込みがないからだ)。彼の行動に関して、下のような図7-8(省略)を作ることができる。                                                                     

  彼が賭ける前は、彼の手が良いか悪いかは半々だとしよう。彼の行動ミックスの確率は手によってきまっているので、彼の賭けの行動から追加の情報を手に入れることができる。もし、彼が降りたら、彼は悪い手に違いない。また、彼が賭金をこちらと同額にしたら、彼の手は良いとわかる。しかし、どちらの場合にも賭けは終わってしまっている。もし、彼が賭金を上げてきたら、彼が良い手である確率が三分の二である。

彼の賭けの行動から、完全に手が読めるわけではないが、ゲームの開始のときよりは多くがわかる。彼が賭金を増やした場合は、彼の手が良い確率を二分の一から三分の二へ上げる必要があるだろう。