予測不能性{12補論:階段じゃんけん}

 

 舞台は東京・下町の寿司屋。板前の威勢のいい声がこだまする。一組の夫婦がそこでウニを注文したが、残念なことに、ウニは一人前しか残っていなかった。さて、二人のうちどちらが食べるかを決めるにはどうしたらよいだろうか。ここがアメリカであればコイントスでもして決めるところであろう。日本では「じゃんけん」という方法で決めるのが一般的である。じゃんけんは二人が同時にグー、チョキ、パーのいずれをグーはチョキに、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つというルールである。

 明らかに、じゃんけんでは純粋な戦略的均衡点はない。均衡はグー、チョキ、パーを三分の一ずつの確率で無作為に出すことである。ここで、じゃんけんを応用したものとして「階段じゃんけん」というゲームについて考えてみよう。ルールは日本でも地方によって若干異なるが、ここではその一例を紹介する。ゲーム理論的に分析すると階段じゃんけんの戦略は、児戯といってもかなり興味深いと思われる。階段じゃんけんとは、じゃんけんをして勝つと階段を上れるゲームである。グーを出して勝った人は一歩階段を上れる。チョキで勝てば二歩、パーで勝てば五歩上がれる。何度もじゃんけんをして、最後に高い位置にいた人の勝ちと考えよう。さて、階段じゃんけんの最善の戦略とはどういうものだろうか。

 

《ケース・ディスカッション》

 こちらが進んだ分だけ相手は相対的に遅れるのだから、これはゼロサム。ゲームである。それぞれのプレーヤーの効用は、階段を上がる数によって次図(省略)のように表される。グー、チョキ、パーの正しいミックスはどうすれば見つけられるだろうか。テニスのサービスの例では、図(省略)を用いた解法やウィリアムズの解法により最善のミックスが求められた。これらの解法はそれぞれの側がフォアハンドかバックハンドかというように二通りの選択肢しか持たない場合には有効である。

 しかし、階段じゃんけんでは両者とも三通りの選択肢がある。したがって、ミックスというコンセプトを発展させて用いなければならない。最初に確認しておんなければならないのは、グー、チョキ、パーの全てが最善のミックスの構成要素になることである。仮に、相手がグーを出さないとしたら、自分はパーを出さないであろうし、それなら相手はチョキを出さない。この考えを続けていくと、自分はグーを出さないことになり、したがって相手はパーを出さない。相手がグーを出さないという仮説をすると、相手は出すものがなくなってしまう。つまり、最初の仮説が誤っている。同様の議論によりチョキとパーも最善のミックスの要素であることがわかる。

 グー、チョキ、パーのいずれもがつかわれるということから、均衡のミックスを求めることができる。いうまでもなく、プレーヤーがミックス戦略をとるのは、自分の効用を最大にするためである。したがってプレーヤーはグーが、チョキやパーの三つの選択肢が、効用を等しく最大にする時に限って、選択をミックスしたいと考える。(もし、片方のプレーヤーにとって、グーがチョキやパーより効用が高ければ、そのプレーヤーはグーを出し続けるはずだが、これが均衡でないことは上に示したとおりである)。

 三つの選択のどれを出しても期待効用が等しいというのは特別の場合のように思われるが、実際、これは特別の場合で、その場合というのが相手の均衡ミックスを定める。

 ここで自分の戦略において、

  P=パーを出す確率

  Q=チョキを出す確率

  1-P-Q=グーを出す確率

とすると、相手の効用は、それぞれ、相手がグーを出すと、5P+Q

 相手がチョキを出すと、2P-(1-P-Q)

 相手がパーを出すと、-2Q+5(1-P-Q)

 相手が何を出しても、相手にとっての効用が等しくなるのはP=1/8、Q=5/8、(1-P-Q)=2/8のときである。

 これは自分の最善のミックスである。このゲームが両者とも対等の条件であることから、これは相手の最善のミックスでもある。さて、この均衡においては、自分の相手も期待効用はゼロとなる。このことは、ミックス戦略の一般的特性ではないが、対称形をしているゼロサム・ゲームでは必ず成立する。一方が他方より有利な立場に立てるわけではないからだ。