予測不能性{10.発見の構図(1)}

 

 スポーツ以外の分野でミックス戦略を実行する例は数少ない。特に現実のビジネスで、無作為行動戦略を使うことはまれだ。結果についてコントロールを得ようと思っている企業風土にとって、結果を偶然にまかせるという考えはなじみにくいのだろう。無作為戦略を使う限り悪い結果になる場合もあるだろうが、その場合はとりわけ受け入れられにくい。フットボールの場合は守備側を基本通りの守備態勢にしておくため、攻撃側のコーチはたまにバント攻撃も混ぜなければならないということが理解されるが、ビジネスの場合には、同じようなリスキーな戦略は失敗した場合身体にかかわる。

 リスキーな戦略を混ぜる意味は、それ自体機能することより、むしろ、決まったパターンを崩すことにより、こちらの手を予測されることを防ぐことにある。ミックス戦略がビジネスのパフォーマンスを上げるものとして、価格割引クーポンの例がある。会社は割引クーポンをマーケットシェアを伸ばすために使う。クーポンは現在の顧客に割引を与えるだけでなく、新しい顧客を引きつけることも目的としている。けれども、もし競合する会社が同時にクーポンを出せば、ブランドを変えてみる動機がなくなる。顧客が現在使っているブランドを変えず、割引だけを利用するだろう。一社が割引クーポンを出し他社は出さないときに限って、顧客は違う商品を試してみようかという気になる。

 コカ・コーラとペプシのような競合する者同士にとって、割引クーポンの戦略はジムとデラの協調行動の問題に極めて類似している。両者ともクーポンを提供するのは一社だけになることを狙っている。しかし、両者が同時にクーポンを出せば効果が相殺され、ともに不利益を被る。解決策の一つとして六カ月毎にクーポンを出すパターンを予測、追跡し、その結果を代替案作りに活かすというものがある。このアプローチの問題は、ペプシがクーポンを出しそうだとコカ・コーラが予測したとき、コカ・コーラは先んじてクーポンをだせるということだ。先手を取られるのを防ぐには、無作為戦略を使って驚きの要素を保たなければならない。

 ビジネスで、決まったパターンを予測されることを防がなくてはならないケースは他にも存在する。航空会社の中には出発直前に切符を買う客には割引を行うところがあるが、そういう制度を持つ会社は、客がその制度利用の可否を推定するのを妨げるため残りの座席数を知らせないだろう。その制度による割引の利用可能性の予測度が高まれば、割引切符の利用が増え、航空会社は正規の運賃を支払う乗客を減らすことになる。

 ビジネスにおける無作為戦略の最も広範な利用は、監視コストを下げながら実行を確保する場合に見られる。これは税金の調査から麻薬検査や駐車メーターまで全てに当てはまる。そうした際の罰則が必ずしも罪にマッチせず、むしろ大きいという事情も戦略の特性に起因している。駐車メーターがある所で料金を払わず不法に駐車したときの罰金は、大抵メーターを使った場合の料金の何倍にもなる。例えば、メーターを使った際の料金が一時間1ドルだったら、1.01ドルの罰金は人々に法を順守させるために十分な額だろうか。

 もしメーターに料金を入れないで駐車すると必ず見つかって罰金を払わされるなら、この額で十分といえる。しかし、このことを完全に実行するのはコストがかかる。違反摘発のための人件費が一番大きいだろうが、確実に罰金を取り立てるような仕組みを運営するコストも馬鹿にならない。当局には、効果は同じでコストがもっとずっと安くなる戦略がある。それは、罰金の額を高くして、取り締まりを緩めることである。罰金が25ドルなら、捕まる確率は1/25でも十分な効果を持つ。取り締まりに必要な警察力は小さくて済み、集められた罰金は制度運用のコストを補える額に近くなる。