予測不能性

 

 1986年のナショナル・リーグ優勝決定シリーズで、ニューヨークメッツはヒューストン・アストロズから非常に重要な一勝をあげた。この試合で、レン・ディクストラは、九回に、デイブ・スミスの二球目を2ラン・ホームランしたのであった。両選手のコメントを見ると、ディクストラは、「スミスは一球目に速球を投げてきて、ファウルになった。だから次は速球系のフォークボールだと読んだ。スミスは予想通りフォークで来たので、球はよく見え会心のあたりだった」と語り、一方、スミスは、「結局のところ配球ミスだ」と言っている。これは、ディクストラは一球目が速い球だったので次は遅い球を待っている、とスミスが思ったことを意味する。「もし、もう一回あの場面だったら?」とスミスは尋ねられ「やはり速球系でくいよ」と答えている。

 次回、また同じような状況が起きたら、スミスは速球を投げるのが良いだろうか。必ずしもそうとはいえまい。打者のほうもスミスの考えを予測し、速球を期待するかもしれないからだ。スミスは遅い球を投げた方がよい。だとすると、打者は遅い球を打つのでスミスはもう一段考えを進めて、さらに相手手の裏をかくため、結局、速球系(上の例ではフォークボール)ということになる。しかし、打者のほうもその考えを見越して、待つ球は...ということが延々と続く。

 この過程には決まったおわりはない。打者のほうはピッチャーの思考が体系的であれば投球を予測し利用することができるし、ピッチャーについては同じことがいえる。したがって、予測できない行動をとるというのが両者にとって意味のある行動指針となる。戦略的思考の典型的な誤りに、相手の側に身を置いて考えれば、それだけ相手の行動を予測できる、というものがある。このことに関し、デビッド・ハルバースタンの著書『四九年の夏』から、デビッド・ウィリアムズという十七歳の少年の例をみてみよう。

 他の多くの若い選手と同様、ウィリアムズもカーブにてこずっていた。彼はカーブに対して備えができていたためしがなかった。あるときまたカーブに引っ掛かり、彼は自分に腹を立てながら外野の守備位置に向かって走っていった。そのとき、以前は大リーグでプレーしていた、サン・ディアゴのピッチャーの一人に声をかけられた。「おーい、何にやられたんだ?」「しょんべんカーブだよ」ウィリアムズの返事に対し相手はさらに「あいつの速球は打てるか?」と聞いてきた。「あたりまえさ」ウィリアムズが答えると、そのピッチャーは今度は、「おまえさんを打ち取るために次に何でくると思う?」と尋ねた。ウィアムズはしばらく間をおいた。彼は球種を予想するという習慣がなかったのだ。しかし、ピッチャーはいつも球種を考えているのだ。「カーブだ」ウィリアムズの答えに、そのピッチャーは「次に打席に立ったらカーブを待つんだな」といった。ウィリアムズはそれを実行し、ホームランをかっ飛ばした。こうして二五年に及ぶピッチャーの心理の研究が始まった。

 明らかに、ウィリアムズにホームランを打たれたピッチャーは、予測できないような行動をとる必要性を知らなかった。そしてウィリアムズもまた知らなかったということができる。ウィリアムズがカーブを狙っているとわかっていたら、ピッチャーはカーブは投げなかっただろうし、また、ウィリアムズもピッチャーになったつもりで考えて、このことに気がつけば狙い球をカーブから変えただろうからだ。この章では、両者が相手の上を行こうと企てているとき、何が起こるかを考えてみることにする。常に正しく推測するのは無理でも、見込みぐらいはたつだろう。

 予測できない性質のあることを的確に察知し、それに対応するのは、野球以外でも役に立つ。予測不能性はプレーヤーの片方が行動の符号を望み、もう一方の側ではそれを避けたいてとき、戦略の重要な要素となる。内国歳入庁(税務書)は脱税している者を税務調査したいし、脱税している側は調査を逃れたい。子供の間でも年長の子供は姉妹を連れて歩くのを嫌がることも多い。下の子供は上の子供のすることを文字通りまねする場合があるからだ。攻撃軍は攻撃地点で相手の裏をかこうとするし、防衛軍は敵の攻めてきそうな地点に兵力を集中しようとする。レストランやクラブ、服やアートで流行の先端を作り出す人は自分たちだけの世界をもちたがる。一方、一般大衆は先端のお洒落な人の群れに交ろうとする。ひっきょう、流行のお洒落なスポットは見つけられるが、その時は最先端の人はどこかへ行ってしまっている。これにより流行のクラブはサイクルが短いことが説明される。ひとたびクラブが評判になると多くの人がそこへ行こうとするが、最先端をリードする人は、逆にそこからいなくなり、どこか他の場所で新しい流れを生む。ヨギ・ベラが言うように、「そこはあまり混雑しているのでもうだれもそこにはいけない」というわけだ。

 ある一回の機会を選んで、その時にピッチャーがどんな球を投げるかや、税務署がどこを調査するのかの選択を言い当てることはできないかもしれない。しかし、選択には裏づけとなるルールが存在する。予測不能だからといって、偶然にまかせておけば良いというものではないない。実際、ある球種や調査先を選ぶ確率はゲームの特性から決定されうる。でたらめの中にも方法論があることを以下で見て行こう。