実行の確約{1.信頼性への八つの道 ■成り行きまかせ}

 

 映画『博士の異常な愛情』に出てくる最終兵器は、もし爆発すれば地球上の全ての生命を根絶してしまう放射能を発散する、地中に埋められた巨大な核爆弾からなっている。その爆弾は、ソ連が攻撃にあった場合には自動的に爆破するように仕掛けられていた。一方、アメリカのほうでも同様の策を考えていて、合衆国大統領ミルトン・マフレーはそのような自動的に爆発させる装置が可能かどうか尋ねたストレンジラブ博士は、「そのような装置は単に可能なだけではなく不可欠です」と答えた。

 この仕掛けは攻撃を自殺行為にするという意味で、良い抑止の道具となり得る。ソ連が攻撃してきたとき、人のよいアメリカの大統領ミルトン・マフレーは報復してお互いの破滅を招くのを躊躇する可能性がある。アメリカの大統領が報復しない自由を有するとき、ソ連はアメリカが報復しないほうに賭けて、一か八か攻撃してくるかもしれない。しかし、この運命の日の装置を設置すればアメリカの反応は自動的となり、抑止のための脅しは信頼性を得る。

 しかしながら、この戦略上の利点はコストも伴っている。誤りや突発的な攻撃が起こったようなとき、どちらの側も過酷な脅しを実行することを望んでいなくても、そこには選択の余地はない。実行を止めようがないのだ。この事態はまさに映画「博士の異常な愛情」の中で起きた。誤りによる被害を減ずるために、脅しは相手を抑止するのに必要な程度にとどめればよいのである。

核爆発のように、行為が分割不能であるときはどうしたらよいのだろうか。悲惨な結果が生じる可能性を作ることで脅しをすることができる。これはトーマス・シェリングの瀬戸際戦略の考えである。彼は自著『衝突の戦略』(The Strategy of Conflict)の中で次のように説明している。「瀬戸際戦略は認識可能であり、完全にはコントロールできないリスクをわざと作り出すことである。それは状況を故意に操作不能に追いやり、そのことで相手の側を追い詰め和解に応じさせる手立てといえる。

相手をリスクに晒して威嚇し、また相手が行動を起こせば、望むと望まざるとにかかわらず、ともに危険に陥ることを示して抑止するのが狙いである。瀬戸際戦略は、アメリカの核抑止戦略の基礎をなしている。アメリカは、ソ連がヨーロッパを侵略しても核で報復する保証する必要はない。核戦争の小さな確率、例えば、10%でソ連を抑止するのに十分なケースもある。10%の確率は、脅しを10分の1にし、結果として信頼性を確立するための負担を軽減することができる。

 ソ連はアメリカが確かに報復するということを信じないかもしれないが、同時に報復してこないとも言い切れない。ソ連の反撃によって、コントロールの手を越えて、戦争を拡大してゆく可能性は常に存在するのである。この項では瀬戸際戦略を十分に説明するには不足なので、瀬戸際戦略の背後にある確率的な考え方については、第7章のミックス戦略、また瀬戸際戦略そのものについては第8章で改めて扱うことにしたい。