実行の確約{1.信頼性への八つの道 ■情報の遮断}

 

 情報の遮断は、行動を元に帰することをできなくするという点で、実行を確実にする手段となる。この方法の極端なケースは遺言と臨終時の証言である。ひとたび当事者が死んでしまえば、再交渉は事実上不可能になる(例えば、女性のローデス・スカラーを認めるために、故セシル・ロードの意思を変えるには英国議会による議決を要した)。一般的に、意思のあるところ、戦略に信頼性を持たせる道は存在する。

 今日、多くの大学では冠講座のための寄付額を定めている。現在の価格は約百五十万ドルである。けれども、この価格は石に彫られているわけでもなければ、蔦に覆われているわけでもない。それゆえ大学は、故人の寄附額や条件が現行の相場に合わない場合には、ルールを曲げて寄付を受け入れることが知られている。

 もちろん、実行には確実性を与えるためには何も死ななくてもよい。行動を元に帰せないという例は郵便にもみることができる。手紙を投函してもいないのに、それを取り戻したいと思う人はいないだろう。逆に、このバリエーションとして、実は受け取りたくなかった手紙を受け取ってしまい、受け取らずにすませたかったと思う人はいるだろう。しかし、一旦手紙を開封してしまえば、まるで読んでなかったように装い、それを送り返すことは難しい。

 以前、請求書の支払いの際、自分の住所を書かず、切手も貼っていない封筒に小切手を入れて郵送することがあったが、これは実行を確実にする方法の一例である。差出人の住所なしで手紙を出すことは、行動を元に帰せない条件を作りだしている。かつて郵便局はこのような手紙を配達し、宛名人は現実の郵便料金を払えば受け取ることができた。電力会社や電話会社は、この種の手紙は小切手の郵送であることが多いのを知っていたので、支払いを受けるまでもう一回請求書を送るよりは(あるいはもう一回差出人の住所と切手なしの手紙を受け取るよりは)良いと思って、郵便料金を払って受け取ったものだ。

 この問題は郵便局が方針を変えたときに消滅した。切手なしの手紙は名宛人に配達されなくなり、差出人の住所があるときには差出人に返され、ないときには全く配達されなくなった。かくして、会社の側は切手なしの手紙を受け取らなくて済むようになった。さて、受取人と差出人の両方に会社の住所を書いたらどうなるだろうか。差出人の住所が記入してあるので手紙を返すことは可能であるかもしれない。もし、このやり方が広まれば、郵便局は再び方針を変え、切手なしの手紙は差出人にも返されなくなることも考えられる。

 実行の確実性を維持する手段として、情報の遮断を使うのには一つ大きな難点がある。それは、情報を遮断してしまうと、相手側がこちらの意図に合うように行動しているかどうか確かめることが不可能ではないにせよ非常に難しいということだ。取り決めを遵守されるようにするためには、他者を雇う必要がある。例えば、遺言は故人本人ではなく、遺言の受託者によって執行される。また、親が禁煙のルールを作ってそのまま出かけてしまえばそのルールは変えようがない。しかし、同時に禁煙を守らせることもできなくなる。