実行の不履行に対して罰則を与えるのは、実行の確約に信頼性を持たせる正統的な方法である。工務店は前払いで大きな金額をもらっているときは、仕事を急ごうとしないかもしれない。しかし、支払いの時期を仕事の進捗状況に連動させる取り決めや、遅れに対する違約金条項がある場合は、予定通りの仕事を進めることが自分の利益に適う。契約は実行を確実にするための装置である。
しかし契約の特性はこれで尽きるわけではなく、もう少し複雑な面も存在する。減量中の人が、自分が太りそうなものを食べているのを見つけた人には五百ドル払うという申し出をした状況を考えてみよう。その人は何かデザートを食べようとするたびに、五百ドルのことを思い出して止める。この例はあり得なしことではない。実際に、ニック・ルッソ氏は金額を二万五千ドルにして、これと同じような契約を申し出た。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、「各種の減量プログラムにうんざりしたルッソ氏は、減量の問題を公衆の目に晒すことにした。それは、カロリー摂取量を一日千カロリー以内に抑えることに加え、彼がレストランで食事をしていることを目撃した人には二万五千ドルの賞金を払うというものだ。かれは近所のレストランに自分の写真の入った手配書を張って回った」。しかし、この契約書には致命的な欠陥がある。
この契約書には改定を防止するメカニズムが欠けているのだ。エクレアが頭の中を舞って、もう我慢できなくなったルッソ氏は「自分は決して契約事項を破ることはないので、現在の契約ではだれも二万五千ドルを手にすることはできない。したがってこの契約は無駄だ。契約を改定することがお互いの利益につながる」と言って、目撃者には酒を奢ることを新たに褒美とするかもしれない。周囲の人々は何ももらわないよりは酒をもらう方がよいので、契約の改定に応じるだろう。
一般的に、手段としての契約が成立するためには、契約で定めた行動を要求し、失敗の場合には違約金を受け取る相手が、契約で定めた行動を要求し、失敗の場合には受け取る相手が、契約で定めた行動を自らも望んでいる必要がある。上の例ですえば、ルッソ氏の家族は、彼の体重が減ることを希望していれば、酒の奢りという新しい契約は認めないだろう。契約という方法は、ビジネスの世界ではうまく行くことが多い。通常、契約の不履行が起こると、損害が発生するので、損害を受ける側は補填を要求する。
例えば、発注者は部品の供給者に対し、供給できなかった際には違約金を求めるかもしれない。しかし、発注者は供給者がちゃんと契約通りに供給できてもできなくても損得なしというわけではない。発注者は違約金の支払いを受けるより、ちゃんと供給してもらいたい。したがってこの場合には契約を改定することは二者両方にとっての利益にならない。もし供給者の側が、減量の場合と同じような議論をもちだしたらどうなるだろうか。
「違約金があまりに巨額なので契約はいつも守られる。ゆえに、発注者は違約金を受け取ることがない。だから契約を改訂しよう」と供給者が主張したと仮定する。ところが、この前段の部分こそが発注者の欲していることなのである。それゆえ、発注者は興味がない。発注者は違約金のほうよりも、契約で約された行動がおこなわれることを望む。かくして、契約の実行の確約のために機能する。
契約の管理・執行に中立の第三者を通すことも可能である。契約の内容自体には利害関係のない中立の第三者が、契約が遵守されるよう責任をもって監視することにより、契約の実行に信頼を持たせるというものだ。例えば、契約の監視人は、契約の変更を許せば失職するというシステムを作れば、監視体制は信頼を得られるだろう。これはトーマス・シェリングが提供したケースだが、仕組みを見てみると、デンバーのある更生施設では富裕なコカイン中毒者に対し、もし随意行われる尿酸検査で陽性反応が出たら、あらかじめ本人が書いた有罪宣言書を公にする、という制度をとっている。
中毒者は、最初は自発的にこの制度に加わるが、後で多くの人は金を積んで契約を取り消そうとする。しかし、契約の保持にあたっている人は、もし契約に変更がなされれば職を失うことになっている。その施設は契約の変更を認めた職員を解雇しなければ、施設や制度の評判を落とすことになるからだ。教訓として、契約だけでは信頼性の問題を克服できない、ということがあげられる。
契約がうまく働くためには、契約の履行に対し、独自の利益をもっていたり、評判がかかっていたりする機関など、信頼性に追加的な要素を与える工夫が求められる。もし、評判の力が非常に大きいときは、契約を正規の文書にする必要はないかもしれない。これは、人の言葉が十分信頼するに足る場合である。