1970年代に石油輸出機構(OPEC)は価格協定を結び、原油価格を1973年の1バレル3ドル以下の水準から、1980年には1バレル30ドル強に引き上げた。世界はOPECの価格協定会議を固唾をのんで見守り、この世紀の終わりには1バレル100ドルを越えるだろう、と予測するエネルギー専門家も1979年までに現れた。しかし、その後突然、カルテルは崩壊したかのように見える。
原油価格は下落し、1986年のはじめには10ドルになり、その後、1987年に18ドルまで戻した。イラクのクウェート侵攻により原油価格はいったん高騰したものの、再び値を下げてきて、専門家の間でもOPECの将来について見方がわかれている。このようなカルテルの成功や失敗を決める原因は何なのだろうか。あるいは、もっと一般的に、ビジネスや政治や日常の世界で協力と競争を引き起こす原因は何なのだろうか。
少なくとも、この疑問の一部は、第1章で扱ったKGB本部の囚人のジレンマのケースを使って答えることができる。OPECで起きたことを囚人のジレンマの観点から眺めてみよう。もちろんジレンマの部分に焦点を当てることにし、多くの歴史的な詳細は省略する。ゲームの構造を明らかにするために、二ヵ国だけを取り出し、それぞれの国がどのように原油生産をどのように決定するかを考える。
ここでは仮に二ヵ国をイランとイラクとし、簡略化のため原油生産量は1日200万バレルか400万バレルのどちらかを選ぶとしよう。したがって二ヵ国合計の1日当たり原油生産量は、それぞれの国の決定により400万バレルか600万バレルか800万バレルのいずれか、ということになる。また、1バレル当たりの原油価格は、生産量に応じて25ドル、15ドル、あるいは、10ドルに変動すると仮定する。
生産コストとして、1バレル当たりイランは2ドル、イラクは4ドルかかるとき、二ヵ国それぞれの利益は次の図{① イラン、イラクともに、生産量200万バレルのイラン対イラクの利益『46:42』、② イランの生産量200万バレル、イラクの生産量400万バレルのときのイラン対イラクの利益『26:44』、③ イランの生産量400万バレル、イラクの生産量200万バレルのときのイラン対イラクの利益『52:22』、④ イランの生産量400万バレル、イラクの生産量200万バレルのときのイラン対イラクの利益『32:24』}で表される。
おのおのの枠の中で、左下がイランの利益、右上がイラクの利益(単位は100万ドル)である。二ヵ国とも絶対優位の戦略を持っている。生産量200万バレルか400万バレルかの選択の内では、400万バレルのほうが常に良い。例えばイランを見てみると、イラクの生産量が200万バレルのときには400万バレル生産した方が利益が多く(52>46)、またイラクの生産量が400万バレルのときも、やはり400万バレル生産したほうが利益が多い(32>26)。