人は社会においていかに行動すべきだろうか。と言っても、行動のもととなる倫理やエチケットについてではないことはもちろん、哲学者や宣教師、有名な説教師エミリー・ポストと競い合うものではない。ここでいう行動とは、モラルやマナーほど高尚ではないかもしれないが、われわれ皆にかかわるものである、戦略的思考がテーマである。われわれは、好むと好まざるとにかかわらず戦略家である。それならより優れた戦略家になった方がよい。
「戦略的思考法とは何か」を知ることにより、効果的に戦略を見つけ出し実行する能力を伸ばすことが目的である。仕事や家庭生活では常に決断を迫られる。次にどんな職業につくか、会社を如何に経営するか、誰と結婚するか、子供をどう教育するか、何かのリーダーに立候補するかというのは人生の重大な決断一例である。
このような状況に共通の要素は自分一人だけで決定するわけではなく、自分の決定は周囲の人の決定といろいろな意味でかかわっているという点だ。この相互作用は、自分の考えや行動決めるうえで非常に重要である。この点を明らかにするために、きこりの決定と陸軍大将の決定との違いを考えみよう。きこりが木の切り方を決めるとき、木の反撃を予測する必要はない。
環境は彼の決定に対して常に中立である。ところが陸軍大将が敵軍を攻撃しようとするとき、彼は敵の反撃を予測し、それを克服するところまで考えなければならない。陸軍大将のように、ビジネスのライバルや結婚相手の候補、あるいは親から見て子供は、それぞれの目的に沿って行動する存在とみなす必要がある。
彼の目的は、こちらの目的としばしば衝突するが、合従できる部分を持っていることも多い。戦略を選ぶにあたっては対立を許しながらも協力関係を利用することを考えなければならない。このような相互の関係を踏まえて行われる決定が戦略的決定と呼ばれ、それに基づいた行動計画が戦略と呼ばれる。
この本の目的は、それを実践に移すのを助けることを目標にしている。戦略的決定を研究する行動科学の分野は、ゲーム理論と呼ばれる。ここでのゲームは、チェスから子供の教育まで、テニスから会社の買収まで、宣伝から軍隊統制までという具合に広範囲に及んでいる。ハンガリーのユーモアエッセイスト、ジョージ・マイクスは「ヨーロッパ大陸の人々は人生はゲームと思っているが、イギリス人はクリケットがゲームだと思っている」と言っている。
しかし、両方ともゲームであることに間違いない。このようなゲームをするにはいろいろな技術が必要だ。バスケットボールでのシュート力や法律での特例の知識、あるいはポーカーの無表情を保つ能力、といった基礎的技術に加え、戦略的思考も技術の一部である。戦略的思考により、基礎的技術をどのように使えばよいかを工夫するのである。弁護士は法律を知った上で被告を守るための戦略を決めなければならない。
また、フットボールのコーチは、自軍のパスやランプレーのうまさ、及びそれぞれに対する敵のディフェンスのうまさを知った上で、パスかランを決める。超大国が核戦争の開始を検討する例のように戦略的思考が開始の時期の決定にかかわることもある。本書の役割は、読者の戦略IQを高めることである。しかし、様々な戦略のマニュアルを集めて一冊の本にしたというのではない。