ケース・スタディ{その9 ガソリンスタンドの価格提示}

 

 ガソリンスタンドでは、有鉛ガソリンの価格のみを掲示しているものが多い。しかし、実際には有鉛ガソリンを買う顧客は限られており、1976年以前に製造された車だけが有鉛ガソリンを使用できる。この慣例はどのようにして始まったのだろうか。もともちガソリンは一種類しかなかった。1911年にルイスとジェイコブ・ブロウスティンが、鉛を加えなくてもオクタン価を上げる方法を発明して初めて無鉛ガソリンを利用可能になった。

 それが標準的なものになるまでにはさらに60年を要している。今でもガソリンスタンドは、客の少ない有鉛ガソリンの価格を表示している。スタンドの掲示板には、走行中の運転手の目を捉えるために一つの数字しか掲げておらず、その数字は有鉛ガソリンのものだ。大部分の運転手は有鉛ガソリンの価格を推測しなければならない。なぜこのようなことが続いているのだろうか。

 

《ケース・ディスカッション》

 もしあるガソリンスタンドが、無鉛ガソリンを表示したらどうなるだろうか。運転手には数字以外の字を読み取るのが難しいから、表示されているのは有鉛ガソリンの価格だと思い込んでしまうだろう。通常、無鉛ガソリンは有鉛ガソリンより1ガロン当たり5セント程度高いので、運転手は無鉛ガソリンの価格を推測するときに、5セント高く見積もってしまうであろう。

 結局、このガソリンスタンドは不利益を被ることになる。面白いことに卸売段階では無鉛ガソリンの方が安い。有鉛ガソリンはおとり商品の役割を果たしているといえるかもしれない。無鉛ガソリンの価格を表示した店は、無鉛ガソリンという主力商品で価格競争に入るため、さらなる不利益を被るであろう。価格競争をせざるを得ないなら、売り上げに占める割合が小さい商品である有鉛ガソリンでする方がはるかによい。

 無鉛ガソリンでの価格競争は、ガソリンスタンド業界全体の採算性を悪化させる。結局、スタンドは、有鉛ガソリンの価格を表示し続けることになる。この均衡は「Qwerty」型キーボードと類似しているが、一点において性質が異なる。キーボードでは、現状が保持されていることによって得をする人はいないが、ガソリンスタンドでは、価格競争が無鉛ガソリンに波及していないという意味で業界が得をしている。

 消費者から見れば、悪い均衡に留まっているのだが、自ら状況を変えようというガソリンスタンドは現れない。もし消費者のために社会的にこの状況を改善しようとするなら、この習慣を変えるための法律を作ることも一案だ。一つの価格のみを掲示するなら、無鉛ガソリンの価格にしなければならない、あるいは、ガソリンスタンドは有鉛ガソリン、無鉛、スーパー無鉛といった主力商品については大きく価格を掲げなければならない、といったようなものだ。ところで、早晩、この問題について議論の必要はなくなるだろう。有鉛ガソリンの売り上げが徐々になくなれば、ガソリンスタンドは唯一の商品である無鉛ガソリンの価格を表示せざるを得なくなるからだ。