ケース・スタディ{その17 瀬戸際戦略と陪審員}

 

 1988年3月25日、エドワード・ベル裁判長は、ロバート・チェンバーの「プレッピー殺人事件」の裁判で難題に直面していた。ニューヨーク・タイムズは次のような状況を伝えている。12人の陪審団はばらばらになりつつあった。陪審員の中には、このケースから外してほしいという文書をだすものさえいた。陪審員の一人は裁判長の前で涙ながらに、この事件による緊張で精神的に参っていると訴えた。

 正午には、二通の文書が同時に届いた。一つは陪審員長からで、『陪審団は行き詰まっている』ことを伝え、もう一つはある陪審員からで、「行き詰まりの事実はなく評決は可能だ』というものであった」。評決できないという事態は、だれにとっても好ましくないことであった。被害者のジェニファー・レビンの家族は、第二審まで現在の苦悩が引き延ばされるし、ロバート・チェンバーは無罪放免になるか刑に服するかがはっきりしないまま、さらに数ヵ月耐えねばならない。

 両者の間で合意できることはほとんどなかったが、評決を早く出してほしいという点では一致していた。9日間にわたる協議の後、たとえ陪審団が評決を下すとしても、その決定内容を事前に予測することは不可能であることが明らかになってきた。「陪審員たちは、評決のための投票は、チェンバー氏を無罪にするか、第二級殺人の最も重い刑を科すかで大きく揺れていた、と語った」とも報じられた。さて、ベル裁判長は瀬戸際戦略を使って、苦悩する被告人と被害者の家族を救えるだろうか。

 

《ケース・ディスカッション》

 フェアスタイン検事とレビン家は、チェンバーが有罪宣告を受けるという保証が欲しかった。ますます不安になる陪審員に任せておけば、無罪の判決になるかもしれないし、あるいしは評決不能のため再審に持ち込まねばならないかもしれない。弁護側のリットマン弁護士とチャンバー家の側から見ても、予測困難な陪審員の評決や再審を待つくらいなら、今、司法取引をした方がましだった。

 ベル裁判長は陪審団が評決に達することができるか、あるいは絶望的な行き詰まりになるかというリスクを、検察側、弁護側の両者を交渉に向かわせるための脅しとして使うことができる。裁判長には陪審団が決断を出す時期を決める権限がない。弁護側と検察側が示談を模索する間にも、陪審団が評決を下すか完全に行き詰まるという可能性は常にある。10日後とか6時間後とかはっきりした時間が経てば、陪審団の成り行きが明確になるとも断言はできない。

 陪審団は予測不能の深みにはまっている。ベル裁判長は、陪審団を解散せずにおくことを、両者を合意に向かわせるための圧力として使うことができた。例えば裁判長は、陪審団がどうにもならない行き詰まりの状態にあるとわかっていても、そのことをレビン側、チャンバー側の弁護士には知らせない方がよい。裁判長は陪審団にもう一日か二日、モノポリー・ゲームでもしていてほしいと頼むべきである。

 もし陪審団の行き着くところがはっきりしてしまうと、リスクは消え、検察側と弁護側の両者は妥協するインセンティブを失うことになる。両者が異なる評決内容を希望し、また、その評決がどうなるかわからないというリスクがあるからこそ妥協点を見つけられるという気が起きてくるのだ。一般に、事件を陪審団に持ち込んだ時点で、事件の決着が当事者の手を離れるというリスクが発生する。

 当初は、陪審団の評決はあるていど予測でき、リスクはコントロール可能であると思うかもしれない。しかし、審議が進んでいくと、評決に不透明感が増してくる。一方、弁護側、検察側の両者で、陪審団の評決について似たような考えをするようになれば、両者間で示談を成立させることによりリスクを消滅させることができる。ベル裁判長が意図的に瀬戸際戦略を使ったかどうかはわからないが、彼は滑り落ちやすい斜面を作ることにより、皆を司法取引という安全策へ導いた。