カルフォルニア大学の植物学者ギャレット・ハーディングは、各個人が全く好き放題に行動すれば、社会は悲惨なことになると書いている。だれもが自由に使える牧場を思い描いてみよう。牛飼いたちは、この牧場に自分の牛をなるべく多く入れようとするであろう。そこから悲劇が始まる。牧場のキャパシティは限られているのに、各人にとっては自分の牛を限りなく増やした方が得である。
公共財利用の自由を信奉する社会においては、自らの利益の最大化を求めると、破滅への道を踏み出す。彼は人口過剰、公害、魚の乱獲、および有限資源の消耗について述べ、世界中の人々は個人の選択に制限が必要であることを理解し、「お互いに了解したうえでの相互規制」を受け入れなければならないと主張している。この問題の本質は何であろうか。
状況によっては、この公共財の悲劇は、多人数版囚人のジレンマ(各人があまりに多くの牛に草を食べさせる)であったり、あるいは、過激流入問題(牛飼いになろうとする人が増えすぎる)であったりする。経済学者の好む解決法は、牧場に所有権を認めることだ。現に15、16世紀のイギリスではこんなことが起こった。公共の土地が囲い込み運動の対象となり、地方貴族地主が所有権を主張した。土地が個人の所有物となれば、見えざる手によって牧場の利用に制限が加えられる。
すなわち牧場所有者は、自分の所得が最大になるように牧場使用料を課し、これにより利用が限られてくる。それゆえ経済効果は高まるが、所有の分配には変化が生じる。牧場使用料により土地使用者はより豊かに、牛飼いはより貧しくなるだろう。所有を認めることによる解決法が使えないケースもある。世界を統治する政府がない以上、公海の所有権を定めるのは難しいし、また、空気は国境を越えてしまうため、大気汚染のコントロールも難しい。
そのため捕鯨や酸性雨は、もっと直接的に管理されるべきであるが、必要な国際的合意を形成するのは容易ではない。ハーディーングが指摘しているように、人口問題はさらに解決困難な問題だ。自分の子供を何人にするかを決める権利は、国連の世界人権宣言や多くの国の法律で保証されている。中国やインドは、強制的に人口増加を抑制しようとして批判を浴びたことがあった。
グループが十分小さいときには、自発的協調により問題を解決できる。石油会社二社が地下でつながっている油井を持っているとき、相手がとる前に自社が先にとりつくしてしまおうというインセンティブが両社に働く。しかし、両社がこれを実現すると、過度の採油により効率が落ち、本来の埋蔵量より少量しか生産できないであろう。だから実際には、石油会社はこの問題を察知し、油井からとれる量を守るために生産割当て協定を結ぶだろう。