オークション{その5 競売の戦略的構造の微妙な部分(2)}

 

戦略的分析の言葉でいえば、「さくら」の存在が観測可能でないと、モラル・ハザード問題が生じる可能性があることを意味している。つまり、仮にそのオークションに「さくら」がいなくても、モラル・ハザードのためにオークションそのものが成立しなくなるから、それは売り手にとってもオークションの主催者にとっても悲劇である。そこで、「さくら」の排除に気を使い、参加者に「さくら」はいないことをコミットする努力をしているのである。

ところが、匿名性の高いインターネット・オークションでは、出品者あるいは入札者の登録されたニックネームでアクセスして価格をつり上げるべく入札をしても、それを摘発するのはむずかしい。ヤフーのオークションが始まった参加者の有料登録制には、「さくら」を排除するコミットメント効果を期待する戦略的意義もあるのだが、登録料金は高くないのでどれだけ効果があるかは議論の分かれるところであろう。

また、オークションの終了の仕方によっても微妙な問題が生じる。先に展開した競売の理論は、新規の入札が続く限りオークションが続くと仮定していた。これは、誰かが競り合う意思がある限り、オークションは終わらないし、競り人は、もうそれ以上入札する人はいないということを会場にいる全員に確認を取った上で終了を宣言するからである。ところが、インターネット・オークションの場合、不特定多数の買い手がいるため、もうそれ以上入札がないということを確認することはできない。

したがって、オークションの終了時刻を定め、それ以前に入札されたものだけを考慮することになる。これによって、どのような戦略的あやが生ずるのだろうか。仮に、終了時刻が夜の11時であるとしてみよう。もし、すべての人が冷静に最善の戦略、すなわち支払う意思のある最大金額を一度だけ自動入札する場合には、何ら変わりはない。事実上、11時に入札した人が、オークション場に集まった人々と同じことになる。

しかし、冷静でなく、他の入札がくるとつい金額をあげてしまうアツイ人がいる場合を考えよう。その場合にも、支払う意思のある最大金額を一度だけ自動入札すべきであることには変わりはないのだが、それをするのは終了時刻の直前にすべきである。なぜなら、もし終了時刻前に余裕をもって入札すると、それを見たアツイ人は自分の入札した金額をどんどんあげてくるからだ。

その場合、もちろん競り負けても自分には損はないのだが、直前に入札して、アツイ人に反撃する暇を与えなければ、より安く競り落とせる可能性がある。言い換えれば、アツイ人の非合理的な行動の逆手をとって、自分の利益を増やすことができるのである。Yahoo!オークションでは、出品者は終了時刻を自動延長に指定することができる。この場合、終了間際に入札がなされた場合、オークションの終了時刻は自動的に延長されるので、さらに入札をして対抗したい人はその時間が与えられるわけである。

したがって、この場合は終了時刻と非合理的な戦略をとる人を利用して自分の利益を増やすことはむずかしい。そのため、この場合は余裕をもって最大価格を自動入札しておくのがやはり最善の戦略である。売り手の立場から見ると、おそらくは終了時刻の自動延長を採用すべきであろう。もし、入札者がすべて合理的に最善な戦略をとるならば、自動延長をしてもしなくても結果は変わらない。

ところが、非合理的な入札者が複数いる場合には、彼らはおそらく終了時間間際に必要以上に入札価格を上昇させルであろうから、自動延長を採用したほうが落札価格は上がるであろう。この議論が正しいかどうかは、詳しいデータがないのではっきりしたことはいえないが、調査をしてみる価値はある。