家電製品に関していえば、定価販売は形骸化し、メーカーが希望する小売価格さえも提示しないケースが増えている。ソニーはすでに全家電製品のメーカー希望小売価格を撤廃している。メーカーにとって、もし小売店への卸価格が一定ならば、売れればそれだけ収益が上がるわけであるから、小売価格は低ければ低いほどよい。言い換えれば、もし自社製品が十分強力で、設定している卸価格で他のメーカーと十分に競争できることがわかっているならば、小売店同士が何らかの形で高い価格にコミットするのはメーカーの利益にはならない。
したがって、定価あるいは希望小売価格などという、コミットメントを信頼しやすくするような仕組みは、メーカーの利益追求に反しており、実力あるメーカーが定価を撤廃しようとするのは当然の流れといえるだろう。一方、小売りをする側もいろいろな手段を使って対抗している。「当店の価格が他店より1円でも高ければ、さらに値引きします」といった種類の宣伝も目にした人は多いだろう。
家電量販店大手のコジマとヤマダ電機(その後ヤマダ電機に吸収合併)は、競合する店舗が多く、この広告でしのぎを削っていた。消費者の立場から見ると、低価格を保証するこれらの量販店は、非常に良心的かつ競争的な店に見えたかもしれない。ところが、コミットメントの戦略的効果という見地から再考すると、他の意味合いも見えてくる。
この広告を言い換えると、「他店の価格が当店と同じ(または1円でも高い)ならば、値引きいたしません」とも読める。すなわち、この広告は、自分からは値引き競争を仕掛けず価格を維持しますというシグナルを競合他社に向けて発しているに他ならない。もし価格戦争に陥らないことを当事者全員がコミットしあうことができれば、販売店にとっては願ってもないことである。あたかも価格戦争を仕掛けるかのように見える宣伝文句であるが、実は競争を避ける効果があると期待できるのだ。
問題はそのシグナルが示す価格コミットの信頼性であるが、その信頼性を知らず保証しているのが、1円でも安く買おうと目を光らせている消費者たちなのである。もし仮に他店が価格戦争を仕掛ければ、そのような宣伝をした店は消費者への体面を保つために値引きせざるを得ない。価格選別を厳しくする消費者のお陰でこの広告は信頼できるのであり、したがって価格維持へのコミットメントは戦略的思考をする他店には強く信頼されることになろう。
実際、この種の広告を出していても、調べてみると周辺他店での販売価格より高いことがある。ヤマダ電機は他店のチラシに出ている価格よりさらに10%値引きするとの広告を出していたが、ヤマダ電機の自社店舗での店頭価格表示は、他店の価格表示よりも10%安くなっていないと指摘され、消費者に対する虚偽の広告であるとして公正取引委員会の警告を受けている。しかし、この種の宣伝文句を使用する販売店は、必ずしも他店に追従して値下げ競争に参加する意図は持っていないのであるから、そのような価格逆転が起こるのも、それほど不思議なことではない。
また、さらに興味深いのは、ヤマダ電機の広告には値引き対象になるのは他店の店頭価格が確認できるものという注意書きまでついていることである。つまり、競合他店が何らかの理由で値下げを公にコミットできたときに限り、こちらも10%の値下げ競争を開始すると宣伝しているのであって、ご丁寧に価格引き下げが公になってしまうような価格競争はやめましょうというシグナルまで他店宛てに発しているのである。
他店よりも値段が高い場合には当局から指導まで受けられるということになると、価格へのコミットメントの信頼度と価格競争回避のシグナルの信頼度は一層増すのである。競争促進の立場から考えたときの問題は、実際に価格が安くなっていないことではなく、価格競争回避へのコミットメントを公にするこの種の広告の構造そのものなのだ。
もっとも、このあたりの戦略的構造は周知されているのかは定かではない。宮崎県の家電店、丸誠電器は2001年3月頃から「ヤマダさんより必ず安くします」という看板を立て、さらにチラシも配っている。この場合お互いの価格が等しくなる以外は均衡しえないから価格競争が終了してハイ終わりとなるはずなのだが、実際はヤマダ電機が丸誠電器を虚偽広告で訴えているというから、マカ不思議である。