戦略的に身のまわりの問題『値引き競争』を解く{その3 規制撤廃の先読み効果}

 

政府による様々な販売規制も、間接的に価格コミットメントの強化に役立つ。これは、規制が撤廃されたことで価格へのコミットメントの信頼度が薄まり、価格競争が勃発するケースが多いことから窺えるであろう。かつていわゆる栄養ドリンク剤は薬局・薬店のみで販売され、実売価格も200円を超えていた。それが1999年の規制緩和で、効果の穏やかな製品はスーパーマーケットやコンビニエンスストアでも販売可能になった。

規制が緩和された当初は、各メーカーはスーパーマーケットやコンビニエンスストアでの販売に消極的なコメントを出していたが、これも価格維持をコミットしあおうとするメッセージだったと理解できる。しかし実際は、この規制緩和をきっかけに、各社とも低価格製品の投入を開始し、今では150円を切る製品がコンビニエンスストアに並んでいる。

ガソリンの価格戦争が開始されたのも、政府の規制撤廃がきっかけである。戦後、政府は一貫して、原油を輸入、精製、販売を一括して行うよう指導し、石油精製業者・元売りの寡占体制を維持しつづけてきた。ところが1996年に特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)が廃止され、ガソリンなどの石油製品の輸入が事実上自由化された結果、商社などがガソリンなどを輸入することが可能になり、石油精製業者・元売りの間の戦略的環境に大きな変化が生じた。低価格製品を投入する新規参入の可能性が現実のものとなり、これまでの寡占企業の間での価格コミットメントが弱まったのである。

また規制の撤廃の決定は、実際に規制が撤廃される以前に効果を発揮することもある。かつては規制業種の代表であった公共交通機関であるが、旧国鉄の民営化を皮切りに、しだいに規制緩和が進んできた。2001年にバス業務への参入の自由化が始まり、2002年2月施行の改正道路交通法により、タクシーや路線バス事業への参入と撤廃が原則自由化された。許認可が必要であった料金設定も、ある一定の範囲内ではあるが、各業者が自由に決定できる届け出制に変更された。

改正道路交通法施行後、低価格の長距離バスサービスが目に付くようになったが、実はバス運賃の値下げは、2000年度中から始まっている。2000年度中から高速バスの運賃の値下げや、100円バスを市街地に導入するなどの対策をとった地方バス会社が多数あり、東京-大阪間の格安夜行バス「青春ドリーム号」が運行を開始したのは200112月である。また、2000年中に大胆な経営効率化やリストラを行った民間バス会社も数社あった。

これらの動きの戦略的意図は2つある。まず第一に、将来の競争相手に対し、自分は価格競争力があり、もし参入して来ればいっそう値下げもできることをコミットすること。もしこれが信頼されれば、さらなる価格競争を招くだけの新規参入は利益にならないので起こらないであろう。つまり、規制によって守られている企業にとっては、規制緩和後に参入が起こってから競争相手に対し価格をコミットするよりも、現在から行動を起こす方が将来の自分の価格競争力をコミットしやすいため、規制撤廃前に行動を起こしたのである。

第二の意図は、ロック・インを利用した客の囲い込みである。競争が始まる前に、ターゲットとなる客層を取り込むことにより、競合するバス路線だけでなく、鉄道や旅客機との競争を有利にしようという意図がある。特に、若い世代は、近い将来彼らの所得が上昇してバス以外のより高価な交通手段を利用しやすくなっても、今のうちにロック・インしておけば将来になってもバスへの愛着を維持する可能性がある。

したがって、仮に規制撤廃後に新規参入が起こらなくても、規制緩和の効果は確かに現れているのである。石油の自由化の例でも、現在までのところ大規模な参入は起こっていないが、ガソリン価格の値下げは現実のものとなった。大口の電力販売はすでに自由化され、現在は家庭向けの電力小売りまで全面自由化されているが、大型の参入は起こっていない。しかし、既存の電力各社は、すでに電力料金の値下げ策を検討している。

ところで、民間交通機関の自由への対応に比べ、市バスなど公営バスの対応は対照的で興味深かった。規制緩和の決定後も、価格競争はもとより目立った経営戦略はとられなかった。規制緩和をにらんだ内部での改革は行われていたとも考えられるが、新規参入をけん制するコミットメント戦略はとられなかった。実際、改正道路交通法の施行を機に、新規参入が現実のものとなってきた。例えば、市営バスが中心の京都市内のバスであるが、2002年の秋から順次、大手タクシー会社のエムケイが、京都市営バスより20円安い200円の料金設定で、運行間隔も10分間に統一して参入することを明らかにした。

逆にいうと、新規参入者は、公営バスは価格・サービス面で抵抗できないことを、先読みしているともいえる。札幌の市営バスは撤退を決定、民間バスに業務を移管することを決定しているが、その背景には人件費の面で民間バスに対抗できないという現実があった。市営バスと民間バスの間では1.5倍以上の給与差があるとされている。人件費の問題は札幌に限らず、公営バスの共通の問題である。

戦略的に言えば、人件費の負担があるため、新規参入者が一番恐れる価格切り下げ競争は起こりにくいと先読みできる。運営母体である自治体の財務が良好であれば、公的資金を投入しての競争も考えられるが、現状ではその可能性は少ない。ところで、札幌の場合は民間への業務移管後の人員を市営地下鉄などへ配置転換していくという。肥大化した公営サービス自体はなくならないようだ。