戦略的に身のまわりの問題『値引き競争』を解く{その2 価格維持のコミットメント}

 

ライバル企業が多いとき、価格にコミットするのがむずかしくなる基本的な理屈は単純である。もし、自分が高価格を維持することをコミットし、それに対して競合先も高い価格を維持するとコミットしてくれるのならば、当初のコミットメントに反し自社の製品価格を少しだけ下げれば、他社への客を奪い取り売り上げを伸ばすことができる。言い換えれば、潜在的な価格競争に直面する当事者企業に増産の余地があるならば、単なる慣習や単なる口約束で高価格を維持するとコミットしようとしても、それは信頼されないのでもろく崩れやすいのである。

すなわち、増産余地のある企業の価格維持のコミットメントは、そのままでは信頼できないのであるから、熾烈な値下げ競争を行っている商売が数多くあるのは当然ともいえる。しかしながら、すべての商売でそのような価格競争が勃発しているわけではない。競争関係にあるかに見える企業の間で、様々な価格へのコミットメントを信頼できるものとする工夫がなされているし、価格戦争を余儀なくされた産業でも、戦争の勃発以前には高い価格にコミットできる環境があったのである。

価格コミットメントを信頼できるものにする直接的な方策は、価格規制である。定価販売はその代表的な例である。定価販売をメーカーが強制することで、小売店は労せずその定価にコミットすることができる。出版物の再犯制度など、価格へのコミットメントが法律で保証されるものもある。入札における談合や価格カルテルも、まさに価格へのコミットメントを共同して実現しようとする試みである。

注意しなければならないのは、高収益が保証されてしまうと、過大な大企業の参入を招く原因にもなる点である。つまり、価格規制で現在収益が保証されているということは、増産意欲のある企業の数が増えるということにもつながる。規制業種ほど潜在生産能力が大きいのは偶然ではない。すなわち価格規制による価格コミットメントは、かえって価格競争が勃発する条件のひとつである企業の増産余地を増やしていく。それが意味することは、価格規制が外れた時点での価格競争の勃発である。

日本の就業人口の10%以上は建設業界で働いている。国土の大きいアメリカやオーストラリアでさえ、この数値は5%から7%程度であるから、日本の労働力分布の偏りがある。建設業界がしばしば談合を繰り返し、価格維持を図っていたことと関係がある。建設業界には大きな余剰生産力が蓄えられているため、入札の透明度が増し、建設業界での価格規制がむずかしくなることは、すなわち熾烈な価格競争の開始を意味するのだ。ゼネコンの収益が急激に回復するシナリオは描きにくい。

現在段ボール業界には、かなりの数の企業が属している。段ボールシートの生産から加工まで行う企業だけで3000社を超え、段ボールを買ってきて包装用の箱に加工するだけの製函業者は全国で3000社とも言われている。それだけの数の企業が維持されてきた背景には、多くの企業が十分に利益を上げられるだけの高価格にコミットし続けた、段ボール業界での談合の長い歴史がある。

中小企業の生き残りのためには談合は必要悪であると正当化する談合体質が、段ボール業界では長期間継続したのである。高度成長期から1980年代半ばまで、段ボール業界は協調値上げを繰り返した。この間、業界は人為的に高い価格にコミットするルールを維持し続けた。それは1987年9月に業界最大手のレンゴーが、公正取引委員会の立ち入り調査を受けたのをきっかけに、談合のリーダーシップをとることを放棄するまで続いた(長谷川薫レンゴー会長「私の履歴書 日本経済新聞 199811」)。そして、リーダーの方針変更は、談合時代に過剰生産力を蓄えてしまった段ボール業界での価格コミットメントの信頼度が低下することを意味したのである。