前述のように、戦略的に思考したとき、モラル・ハザード問題の本質的な部分は、観測可能でない行動をとるという約束が、信頼できるコミットメントにならないという点であった。しかし、もし両者の間にすでに何らかの信頼関係があって、お互いに自分の行動にコミットしあえる関係が樹立されていたとすれば、モラル・ハザードの問題は生じない。犬の散歩の例でいえば、「悪いけど散歩させといて、ビールを買ってあげるから」に対し、「OK」の一言で問題は解決してしまうであろう。
モラル・ハザード問題は、行動が直接観測できないことから生じるコミットメントの信頼性不安の源泉がある。しかし、毎回の行動が直接観測不能でも、それが積み重なると何らかの成果として長期的には表れることがある。その成果を維持するインセンティブが与えられることで、間接的にインセンティブ契約が機能して、モラル・ハザード問題が解消する場合もある。
老舗の料理店が食材にこだわることで信用を維持しようとするのも、有機農法にこだわる農家が、本当に有機農法を忠実に行うことで顧客を維持するのも、顧客と売り主の間に長期的な間接インセンティブ契約が結ばれているためと理解できる。材料に手を抜いてもそれが直ちに発火する可能性は少ないし、畑で化学肥料を使ったところでそれがすぐに味に反映される可能性は低いから、これらはモラル・ハザードの原因になりうる観測不能の行動である。
しかし、長い目で見れば、劣った材料を使うことから味が違ったと常連客から評判を立てられたり、抜き打ちの検査で化学肥料の使用が判明したりするケースも出てくるであろうし、もしそんな結果が出るならば客は離れていくであろう。つまり、長期化の品質維持という成果に対し、客は「買う」という報酬で答え続けるのである。これを客の立場から見ると、客の戦略は「インセンティブ」の項で述べた条件付罰則戦略を応用したものといえる。
条件付罰則戦略は相手が違反したときには実際に罰則を与えなければ効果を発揮しない。材料の質が落ちたり味が落ちたりしたときには、罰則を発動して商品を買わないという行為で対抗するのでなければ、店側に品質維持のインセンティブは生まれてこない。老舗の味は、戦略を忠実に実行する客の舌によって支えられるのだ。長年の義理と習慣から同一の製品やサービスを使い続けるのは、かえってモラル・ハザードの温床になる。使い慣れてきたサービスでも、何か不都合が生じたら、銀行だろうが学校だろうが他店のサービスに代えるべきなのだ。 モラル・ハザードは品質維持などの見えない行動をとる側の責任が強調されがちであるが、使う側の厳しい目があればそれだけ問題が生じにくいということを忘れてはならない。
新築の住宅を購入する例を考えてみよう。新築住宅が、要求された通りの材料を使用し、図面通り正しい工法で建築されたかどうかは、素人にはわからない。子供だましの手抜き工事ならばまだしも、巧妙なものになるとプロでも判別が難しい。住宅が要求通りに建築されたかどうかは、5年10年のときを経てしだいに判明してくるものである。
その時点になって、住宅の不具合が果たして建築時の約束違反によるものか、住宅の自然な経年変化によって引き起こされたものかを完全に確定するには、住宅そのものを解体して分析するしかないが、それは到底できない相談である。このように、施工時の行動が観測されないどころか、そこからの結果も観測しにくい住宅建設は、モラル・ハザード問題の巣窟である。不届きな業者が手抜きをすることだけでなく、住宅を新築使用する人が、手抜き工事の不安から建築を見合わせる可能性をうみだしてしまうのが、この場合のモラル・ハザード問題である。
2000年4月から施行されている「住宅品質保証促進法」によれば、新築住宅の引き渡し後10年の間にその住宅の基本構造に欠陥が見つかった場合、住宅を建設した業者に無償修理および賠償の義務を果たすものである。これによって、新築住宅の品質を保証していこうというのが法律の主旨である。ただし、モラル・ハザード解消に向けてこの法律がどこまで効果をもつかは、保証が義務づけられるかどうかという点だけにあるのではない。
犬の散歩の例で、モラル・ハザード対策のためのインセンティブ契約には、利害関係者が共通に客観的に確認できる基準が必要だったことを思い出してほしい。観測しにくい結果に関してどのような客観的な判断基準を設けるかという点が本質に重要である。この場合、住宅を購入した側はまず間違いなく建築の素人であるから、法律で定める基準は素人でも客観的に確認可能な事項でなければ、モラル・ハザード対策としては不十分なのだ。残念ながら現時点ではこの法律を適用して賠償を求めるために、簡単にできるテストとていうものは少ないようだ。