モラル・ハザードの問題を戦略的に理解するために、次の2つのシナリオを比較してみよう。シナリオ1:うっかりして生ごみを入れた袋をアパートの玄関の前に置いたままにしてしまったことに、朝駅に着いたときに気がついた。暑い最中、1日中そのままにしておくわけにはいかないから、隣のアパートに住む暇そうな学生に電話して捨ててもらうことを考える。しかし、普段から不愛想な学生だし、ものが生ごみなので袋をごみ捨て場までもっていってくれるかどうかは疑わしい。仕方がないから、20分かけて家まで逆戻り、会社には遅刻する。
シナリオ2:行きたいパーティーがあるので夜出かけたいが、いつも通り飼い犬を散歩させなければ犬が可哀そうだ。それで隣のアパートに住む暇そうな学生に犬の散歩を頼むことを考えている。しかし、いつもの散歩コースは全長10Kもあるから本当にその通りつれて歩いてくれるかわからない。それで、パーティーに行くのをあきらめてしまう。似たような話だが、本質的な違いがあることにあることに気がついただろうか。
シナリオ1では、この人は戦略的な思考を尽くしたとはいえない。確かに、悪臭漂う生ごみを捨てるのは気の進まない仕事であるから、いくら暇な学生でも袋を自発的に処分してくれると期待するのは思慮に欠けている。しかし、この場合の20分かけて逆戻りするだけのコストをかけるくらいならば、それだけのインセンティブを学生に与え作業をさせることを考えるべきだ。
例えば、捨ててくれたらビールを1本上げるとか。ビールを1本買うだけで家まで逆戻りして遅刻する羽目になることを防げるのならばその方がよいし、学生も袋をちょっとつまんでゴミ捨て場に持っていくだけでビール1本になるのならば悪い話ではない。この場合は、もう少し戦略的に考えていたならば、お互いに利益のある約束にすることができたはずだ。
シナリオ2でも、仮に学生はビール1本くれるのならば、10K歩いてもよいと考えていたとしよう。ビール1本で外出できるなら悪くないから、シナリオ1と同じように犬を10K散歩させてくれればビール1本上げるというインセンティブ契約を結べばよいように見える。しかし、本当に犬を10K散歩させてくれたかどうかは、ゴミ袋を捨てたかどうかと異なり後からの検証が難しい。学生は少しだけ散歩させて、ひどい場合はまったく散歩させずに、ビールをせしめてしまうかもしれない。
したがって、散歩させればビール1本あげるとは提案しにくく、パーティーに行くのはむずかしい。戦略的に考慮すればこそ、対価の支払いを約束して相手に仕事をしてもらうという、双方にとって利益のある機会は失われてしまうのである。これがモラル・ハザードの問題だ。注目に値するのは、仮に学生がモラルの意識に満ちた人物で、約束どおり犬を10K散歩させる意思があっても、問題は必ずしも解決されない点である。
犬を散歩させたかどうかがわからないために、学生が「犬を10K散歩させる」というシグナルを出しても、またそれに対して、「散歩させてくれればビール」というインセンティブを与えても、学生が犬を散歩させることが、当事者の間で必ずしも信頼できるコミットメントにはならない点こそが問題の源泉だ。つまり、モラル・ハザードは文字どおりのモラルの問題なのではなく、観測できないことに対してインセンティブを与えることがむずかしいというインセンティブの問題と、観測できない行動へのコミットメントは相手に信頼されないというコミットメントの問題が絡み合った問題なのである。
このように、本当に人に任せた方が双方のためになるのに、その人が自分の指示どおりに動いてくれたかどうか後になっても分からないため、仕方なく自分でその仕事をこなしてしまったり、あるいは確認のために不要な労力を費やすことが、モラル・ハザードの問題の代表的な例である。例えば、顧客から製品に対してクレームがついたので、担当の部下に謝りに行かせることを考える。しかし、先方でどのように謝るかは観測できないので、無理をして時間を作り自分で謝りに行くという非効率的な行動をとらざるを得なくなる。また、せっかくパートを雇っても、指示したとおりの仕事を本当にこなしているかどうかがわからないため、結局自分ですべてチェックする羽目になるのもその例である。
あるいは、食にこだわるあまり、有機農法のものしか使いたくない人にとって、買ってた野菜が本当に有機農法で造られたかどうかを観測するのはむずかしい。それで、仕方がないので無理をして自分で野菜を作り始めたりするのもモラル・ハザード問題である。恋人の旅行が気にかかるため、出張先でもスマホにしつこく電話を入れて、時間と電話回線の無駄使いをしたりするのもおなじである。