モラル・ハザード{その3 モラル・ハザード解消のためのインセンティブ契約(2}}

 

このように、モラル・ハザードの解消を目指すインセンティブ契約では、報酬に値する成果があったかどうかの判断のために、観測的基準が必要なのである。投げ捨てられるごみの減量と、資源リサイクルの立場から、空き缶や空きビンを返却したらお金を払うと約束するのも、効果的なインセンティブの契約である。一方で、片づけをしていればおカネを払うというのはインセンティブ契約になるかどうか疑問である。

「ビンを返却」するのがはっきり観測可能な成果であるのに対し、「片づける」のははっきりしないからだ。似たような例で、子供に部屋を片づけさせるとき、きれいになるまで片づけろと言いつけるのは戦略的思考が足りない。「きれいになった」かどうかが親の判断でなされるからで、反抗期以前ならともかく、子供は直感的にそこに問題があることを感じ取っているものだ。

客観的基準を設定するためには、直接の利害関係のない第三者を利用することが効果的である。企業に会計士による監査が義務づけられているのはその一例で、これは企業の成果を客観的な物差しで評価しようとするものだ。われわれの経済社会で、究極的に成果を客観的に査定するのが裁判所の役割である。言い換えると、裁判所の処理能力が低いと、それだけ有効に機能するインセンティブ契約が少なくなることを意味する。

犬の散歩契約の第三の要点は、学生が本当に契約通り散歩させても、犬は再び散歩しようと外に駆けだしていくかもしれないことにある。本当にしてほしい行動と完全に連動していることを「見える成果」として評価することが望ましいが、そのような成果の基準はかならずしもいつでも設定できるわけではない。言い換えると、約束した行動を行った者としなかった者を平等に扱わないだけでなく、本当に行動を行った者も必ずしも平等に扱われるわけではない可能性がある。

成果報酬の契約は、結果の平等を二重の意味で保証しないものなのだ。このような可能性があるということを、インセンティブ契約を結ぶ当事者全てが理解していない場合、インセンティブ契約はモラル・ハザードの解消どころか、当事者間の不信感を増幅させ、問題を悪化させかねない。会社のために努力する社員を優遇することで、やる気を引き出すインセンティブを社員に与えて労働の生産性を上昇させ組織を活性化させようとするのが、近年流行の成果主義給与体系の目的である。

このとき、「見える成果」に対して給与や昇進が連動するものでなくては成果主義の体系は機能しない。結果的に給与の差だけ生じさせるのでは意味がなく、むしろ、被差別感から社員のやる気をそぐことにもなりかねないのだ。人事部のブラックボックスの中で行われた給与の査定が通知されるだけであったり、あいつは仕事が出来るという社長のツルの一声で昇給が決まるようだと、モラル・ハザードを解消するインセンティブにはならないのである。

成果主義を導入するためには、その成果の測定基準として、売上成績、営業成績など客観的に測りうる定量的な指標と、組織の目標達成の成否を客観的に確認できる定性的な指標を用意し、それらがどのように給与に連動するのかをガラス張りに公開しなければならない。その連動ルールが給与を査定する側と査定される側で合意されなければ、成果主義はむしろモラルの低下を招くであろう。

  いくら年功序列制が制度疲労を起こしているからといって、会社の中でどのような仕事をどのような形で達成することが求められているのかがあいまいにされた企業風土のままに、成果主義を導入するのは危険である。しかし、成果主義は、日本的な合意形成による組織の意思決定システムになじまないのではない。成果主義が機能するためには、むしろ労使で合意されなければならない点は数多いのである。上司と部下の間の意見交換やフィードバックの重要さは、成果主義においていっそう強調されるのである。