シグナルが戦略的効果を発揮するための原則は、大きく分けて2つある。まず第一に、シグナルは、自分の行動をコミットした当の相手にはっきりと認識可能でなければならない。相手が観察してそれが何らかのシグナルであるかどうか識別できないものに意味を込めることはできないからだ。女性が髪を切るのは男性への何らかのシグナルという意図がある場合があるらしいが、何十センチもある髪が数センチ短くなったのに気づく男性はそう多くない。
送り手がシグナルになると信じても、肝心の相手に認知できないのでは仕方がない。髪を切るのをシグナルに使いたい場合は、映画「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンのようにばっさり切らなくては意味がない。自分の不明を男性の鈍感さに帰してはいけない。せっかく返品を認めているという戦略的解決法を見つけても、それを買い手にはっきり宣伝しなければ意味がない。返品を認めることを自社製品の優秀性を表すシグナルとして使うのであれば、返品の可能性を契約書に明記し、相手の注意を喚起しておくべきである。
商店にしても、返品に関するルールを客によく見えるところに大書し、レシートにその旨を記載すべきである。国や信頼できる団体が認定する資格や試験の成績も、相手に認知されるシグナルの一例である。いくら英語力があっても、それを雇用先や志望する大学・大学院に知らせるのは容易ではない。何らかの合図を送る、ということだけに限って言えば、例えば自分のスピーチを録音して送りつけてもよいはずだが、それは受け取られても本人の英語力に関するシグナルとは認知されないかもしれない。
消費者の食へのこだわりに対応すべく、店で出す食事や飲み物の原料が無農薬生産で造られていることや、生産地や調理法にこだわりがあることをアピールする飲食店は多い。こういう店ではそれらの食材の健康への効果などをパンフレットにしたり壁に掲示したりしてアピールにつとめる形でシグナルを出している。皮肉なのは、壁にあるアピール用のポスターのまん前でタバコをふかしている人がいたりすることで、これではせっかくのポスターも健康へのこだわりに対するシグナルなのかどうかわからない。
第二に、シグナルが戦略的効果を発揮するためには、シグナルを発生させるのにコストがかからなくてはならない。コストのかからないシグナルを受け取っても、それが背後にある真の情報とシグナルの出し手のコミットメントを知らせているものなのか、それともコストがかからないのでとりあえず発せられているのかの区別ができない。そのため、シグナルの出し手が本当にシグナルの表す通りの行動にコミットしていたとしても、それは受け手には必ずしも信頼されていない。
したがって、信頼されないコミットメントが戦略的効果を発揮しないのと同じ理由で、コストのかからないシグナルはコミットメントの効果は期待できない。逆に言うと、シグナルの受け手が、シグナルを信頼できるコミットメントと解釈するためには、シグナルを発するのに何らかの費用がかかっていなければならないのである。戦略的思考をしている人々の間では、観察され認知されるものが何であってもシグナルに役立つわけではない。
先に述べた重慶マンションの物売りの場合、彼らのセールストークは相手にもはっきり観察される。しかし、シグナルの送り手が意図するように、買い手の方が、品物がよいものだと信じる保証はない。たとえ、売り手が本当にお買得な商品をとり扱っていたとしてもである。似たような話はどこにでもある。突然、東京丸の内にある〇〇商事という会社ですが、「高利回りの投資話があり、本日は特別に貴社にだけお勧めします」などと言う話で始まる極めて不愉快なものである。
男性が女性の容姿や服装を褒めるのも、戦略的にはこれらと同様なはずである。メント向かって相手が醜いというはずはないから、物売りが自分の売り物の自慢をしているのに戦略的環境は近い。したがって、その言葉自体が意図する肝心のコミットメントの効果は薄いはずなのである。ところが、この戦略が結構頻繁に効果をあげているところをみると、女性には戦略的思考が欠けていると結論せざるを得ない。しかし、男性の場合はさらにひどく、少し女性におだてられと単に喜ぶだけにとどまらず、食事や洋服代を喜んで支払ってしまうから、戦略的思考以前の問題である。