シグナルの送り手の立場からすると、コミットメントの効果を高めるためには、費用の掛かるシグナルを用いなければならない。このことから、あえて適切なコストがかかるシグナルを用いることで、コミットメントの効果が増大すると期待できることがわかる。男性が女性に思いを告げるという行為は、戦略的に言えば、その女性を慕う気持ちを相手にコミットすべくシグナリングを行うということである。
この場合、言葉だけではなく花束など添えると効果があるのは、ことばにはコストがかからないので、コミットメントの効果は薄いものの、花束には現実的な費用がかかるからシグナルとしての戦略的効果を持つからである。女性が花束を喜ぶのは緻密なコスト感覚をもってシグナルの意図を読み取る戦略的思考の結果なのであって、必ずしも花を本質的に好きなのではない。使われる花束は豪華な方がそれだけ効果があるのがその証拠で、これは花束にかけるコストがコミットメントの強さを反映するからに他ならない。
もっとも、これはシグナルがコミットメントとして役立つかどうかの議論であることを忘れてはならない。女性が慕われることを喜ぶかどうかは、たいていはその男性の資質に依存するから、花束で男性のコミットメントがしっかりと伝わったとしても、それが直ちにハッピーエンドにつながるわけではない。そこは難しいところだが、やってみる価値は十分あることは確かだ。
企業が大都市に本社あるいは支店・営業所を置きたいと願う背景には、シグナリングの効果がある。大都市周辺に営業所などを構えるには、多大な費用を必要とする。それだけに費用のかかるところに出店しているのは、自社の製品・サービスに自信があるということを示す信頼できるシグナルになり得るからである。先の電話セールス例でいえば、セールストークの一部として、「当社は東京の渋谷にありまして...」といった言葉が使われる。会社を家賃の高い渋谷に持っていることを示すことで、会社が本当に営業しているということをシグナルしたというわけだ。残念ながら、電話では会社が本当に渋谷にあるかどうか確かめられないこと、仮に会社が渋谷にあり正当な営業をしているとしても、電話をかけてきた本人がその会社の社員だと確認する手段に乏しい点にある。
また、秘書代行と契約すれば、電話で代わりに対応してくれるし、郵便の受け取りまでしてくれるから、渋谷の一等地に会社の住所を置くことも簡単にできる。したがって、こうしたセールストークは、その辺の事情を熟知している人にとってはコミットメントには役に立たないばかりか、逆にマイナスのイメージを与えてしまうシグナルになってしまうこともある。
新聞、テレビなどのメディアを通じて公告をする意義は、単に製品情報を消費者に知らせるだけにとどまらない。広告やコマーシャルによって、製品の品質へのコミットメントの度合いが現れることに注意しなければならない。試行錯誤の段階の製品を、大々的に宣伝して不具合が発覚した場合は目も当てられない。消費者はそう感じているからこそ、多額の資金を投入したテレビのコマーシャルで宣伝された商品により信頼感を抱くのである。
いかにも安っぽいつくりのコマーシャルをテレビで見たとき、どう感じるかを思い出してみればわかる。シグナリングの効果を考えれば、よく知られているはずの大企業が、繰り返し自社の宣伝を流すことにも戦略的意義があることが理解できる。また、一流のセールスマンは、自社の製品を顧客に買わせることを急がない。むしろ、世間話に付き合うことに多くの時間を費やす。これは戦略的に理由のあることである。
自分が取り扱っている商品が買い手の気にいらないだろうとセールスマンが主張するはずがないから、きっと気に入るから買ってくださいとセールスマンが強く主張しても、それにはシグナリングの効果が薄い。例えば新車のセールスマンの場合、今や新車の品質に疑念を持つ人はいないであろう。したがって、買い手の関心は、車の品質ではなく、その車が自分の運転の仕方にあっているかどうかや、その車が自分のライフスタイルにいかに適合するかにあるが、こればかりはしばらく乗ってみなければわからない。売り手が買い手に送るべき情報は、その車が買い手のニーズに合うものだということである。そのための信頼できるシグナルとは、売り手が買い手の生活パターンを熟知しているということ、そしてそのために売り手が時間と費用を惜しまず調べていることを示すものであろう。そのようなコストがかかっていることを感じてこそ、買い手はセールストークを信頼しはじめる。やり手のセールスマンは世間話の中でそのようなシグナルを巧妙に発しているのである。