シグナリング{その4 敢えて費用をかけるシグナル(2)}

 

婦人服売り場の店員に「よくおくお似合いですよ!」といわれても、たいていの女性は話半分に聞いていて、次から次へと服を取り換えてあきれるほどの数の服を試着する。これは、お似合いですよという言葉が、本当に似合うということのシグナルになっていないことを、女性は戦略的に感じ取っているからである。この場合、店員がターゲットにすべきは本人ではなくて一緒についてくる友人や配偶者であるはずで、その人々に対し惜しまず労力を費やすべきだ。

それは、普段その女性を見ている人に、似合っていると無理なく言わせることの方がより強いシグナルの効果候あるはずだからだ。中古車の売買において、買い手にとっては、年式と走行距離程度しか車の品質に関する情報はない。ところが売り手はよりより多くの情報を持っている。売り手がそれまで運転してきた持ち主自身であれば、走行状態についてかなり詳しい知識を持っているであろう。

下取りで買い取った車を転売するディーラーにしても、前の持ち主に関する情報、また何よりも経験から車の状態がどうなっているか、一般の買い手よりは遥かによく知っているはずである。もちろん、買い手の車の品質に問題がないことを信頼してもらえば、それだけ販売できる可能性が高まる。この場合、ある一定期間の無料修理の保証をつけることにシグナリングの効果が期待できる。もし車の品質が悪いと、無料修理の保証には大きなコストがかかるからである。

家庭用のパソコンが急激に普及し、新製品の販売競争が激化の一途をたどっている。そうした状況のもと、ソフマップやヤマダ電機など大手の家電量販店では、中古のパソコンの買取と販売を強化している。パソコンの新製品の利益率が5%程度なのに比べ、中古取引の場合は、買取と販売価格の差は20%を超える。修理整備のコストを考慮しても10%以上の利益があると推定されるため、販売店が中古パソコン取引に力を入れるのは当然のことといえる。

中古パソコンの場合にしても、不具合の情報は製品の買い手にとってはすぐにはわからない。それらの量販店では、買取後一定の期間内ならば返品交換を認めているのが通例である。これにも中古車の例と同様なシグナリングの効果があり、シグナルが有効的に働いている例である。返品を認めると、実際に返品された場合にそれを修理する必要が生じるから、このシグナルにより追加的にコストはかかる。

しかし、品質を買い手にコミットするのが難しい中古パソコンであるからこそ、返品に応じるというコストのかかるシグナルを使って品質にコミットすることで、付加価値を高めることができるのだ。品質へのコミットメントがよりやさしい新品パソコンに比べて高い利益率を維持できるのには戦略的な理由もあるのである。このように、コストのかかるシグナルは確かに戦略的効果を発揮しやすい。

しかし、費用がかかるシグナルがいつでも相手に正しく解釈され、シグナルの送り手の意図を成就させることができるとは限らない。小さな男の子が女の子をいじめるのには、彼がその子に興味を持っていることのシグナルである場合が多い。実際、いじめたりすると親や先生におこられたりして、その意味では費用がかかることはおびただしく、相手の女の子もおこられているのを観測できるから、シグナルとしての条件を満たしているのだが、このシグナルはしばしば女の子のほうには好意をもって解釈されない。

また、費用をかけること自体は損失であるから、シグナルから得られる利益とコストをバランスするような、適切なレベルのシグナルを選択するべきことにも注意を払う必要がある。中古車に無料修理の保証をつけるのは、各所で見られる慣行であるが、返品まで認める場合はまれである。その場合も、返品を認めるほうがコミットメントを一層強化するはずだが、返品を認めてしまうと、車の品質に関わらず、ある程度乗った後で返品されてしまう危険性がある。

したがって、修理はするが返品は認めないというシグナルは、返品を認めるというシグナルのコストが、コミットメントからくる利益に比べ高すぎるからと説明できる。契約解約の場合でも、利用期間を定めずにどれだけ利用した後でも解約を無条件で認めるほうがサービスの質へのコミットメントの効果は高まる。一方で、利用するだけ利用して解約するという行動からくるコストは計り知れないものになだろうから、ある程度の期間を区切ってその期間内でのみ解約を無条件で認めるという形にして、費用とコミットメントからくる利益のバランスをとる必要があるのだ。