まず最初に、戦略的環境で、コミットメントすることがいつでも自分の立場を有利に導くというわけではないことを再確認しておきたい。ジャンケンをするとき、自分が何を出すかをコミットしようとはしないであろう。野球のピッチャーも、次に投げる球の球種をバッターに対してコミットしない方が得策であろう。すると、自分の行動を前もって束縛するようなコミットメントが有効になる場合は、どのような状況なのだろうか。
次のような例を考えてみよう。いま、歩道を自転車で走っていると、向こうから自転車がやってくる。狭いところなので、まともにまっすぐ進んでは衝突するかもしれない。そんな時、一番いのはなるべく早く左右どちらかによることである。例えば、自分が左に寄ってしまえば、それを見た相手は衝突を避けるため反対側によるであろう。それをためらって直前まで待っていると、お互いどちらにかわしたらよいのか迷ってぶつかってしまうかもしれない。
この場合、左右どちらかを通るのかという行動を早くコミットしてしまう戦略が有効なのだ。自分が特定の行動にコミットできれば、自然に相手はその行動を前提として最善を尽くすであろう。その最善を尽くす相手の行動が、自分にとって好ましいものになるように、きちんと先を読んで行動をコミットするのがここでのポイントである。言い換えれば、自分のコミットした行動に対する相手の最善の対応が、自分にとって利益になるような場合には、あえて自分の行動を縛るべくコミットメントをする価値があるのだ。
テレビドラマなどで、「もう僕には君しかいない」と言いながら他の女性の連絡先を書いた手帳を焼き捨てるシーンがあるが、これは「君しかいない」ということをコミットすることで、「そこまで思われているならば、この人が最善の選択だ」と、決断しかねていた相手の女性から関心をひきだそうとする非常に高級な戦略である。最もこんな古い手は今の時代には通用しなしかもしれない。
今は、スマホやアイホーンのアドレスメモリーを消す、あるいは電話番号を変える、という形でコミットメントが実践されていることだろう。結婚する前に、婚約という儀式を指輪まで買ってするのも、おそらくコミットメントが有効な例であると考えられる。自分が先読みして、自分の行動をコミットする対策を練らなければならない相手が自分自身であることも、しばしばある。
ダイエットをしている人は、冷蔵庫にケーキを置いておくべきではない。将来の弱気な自分に対して、自分はケーキを食べない、ということをコミットしてあげるべきだからだ。将来の自分の理性をそう簡単に信じてはいけない。衝動買いをしがちな人は、クレジットカードを持ち歩かない方がよいし、酒を控えたい人はしらふのうちに水を腹いっぱい飲んでおけばかなり効果がある。
いずれも、現在そのようにコミットして、将来の自分が現在の自分の思いに反した行動をとることを妨げているのだ。一方で、ジャンケンでは、どのような行動にコミットしたとしても、それに対する相手の最善な対応は自分にとっては最悪であるから、コミットメントは効果的な戦略ではない。野球のピッチャーも、球種をコミットしてしまえば、それに対するバッターの対応もしやすくなるか、コミットメントは逆効果だ。
自分が後に引けないような支配戦略をもって、相手の譲歩を引き出す戦略は、「背水の陣」や「瀬戸際戦略」などと論理的にはかなり似ている。このような戦略では、コミットメントによって自分を約束することが大きな価値をもつが、それだけに、その信憑性を相手に伝えなければ意味がない。いわゆる「から脅し」では、相手に読まれてしまうことになる。このように、コミットメントが有効な戦略になるかどうかは、当事者がおかれている戦略的環境によるのである。