インセンティブ{その8 適切なインセンティブの強度}

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   人の行動をコントロールするためには、インセンティブを与える必要があることはすでにのべたが、そのインセンティブの強さが問題である。インセンティブが強ければ人はそれだけその行動に励むであろう。しかし、インセンティブを与えるにはコストがかかるし、また行動を誘うのに適当な程度というものがある。回収した空き缶1つに対し1000円の報奨金を払うことにすれば、道という道からたちどころに空き缶は消え去るであろう。

 しかしながら、そのために支払われなければならない費用は莫大となるのも確かである。電気やガスに価格の10倍の環境税を賭ければ、国のエネルギー消費量は激減し、かの京都議定書の目標も余裕をもって達成されるであろう。同時に、われわれは江戸時代並みの生活を強いられることにことであろう。環境を愛する人々はそれでもよいと考えているふしがあるが、そんなことはまっぴらごめんと考える人も多いはずだ。

 人を誘うとき、食事代をもつだけでなく、ついでに数万円のお小遣いまであげることにすればかなりの人気者になれることは請け合いであるが、こうなってくるとそもそも何が目的なのかわからなくなる。強いインセンティブを与えればよいというものではない。何事も適量というものがある。単純な物の売買では、物に値段がつくことでインセンティブの調整が自動的に行われている。

 例えば、制作するのに2000円のコストがかかる品物にたいして4000円までなら払う用意がある人がいるとする。この場合、2000円以上で製品が売れるのでなければ、制作するインセンティブが生まれない。一方、買い手の方には4000円以下の価格ならば買うインセンティブが生じる。したがって、この製品の値段が例えば3000円となれば、生産者は制作をして買い手はそれを買い入れるから、めでたく品物はこの世に生まれてくるわけだ。

 一方、買い手が払いたい金額が高々1000円であれば、買い手に買うインセンティブが生じるためには価格は1000円以下でなければならない。この時は、売り手に作るインセンティブを与えかつ買い手にも買うインセンティブを与えるような価格はないから、品物を作られない。しかし、そもそも買い手が1000円しか払う気がない製品を2000円のコストをかけて製作するのはばかげているから、品物がつくられないのはむしろ好ましいことである。

 つまり、このように参加する売り手と買い手の間でのみ費用と便益のやり取りが行われる単純な取引のシナリオでは、価格が適度ならインセンティブを自動的に与えると期待できる。これが需要と供給の経済理論の要点である。しかし、行動する本人以外に費用がかかったり便益がもたらされたりする場合、インセンティブが自然に与えられるとは限らない。

 また、インセンティブを与えなければならないということがはっきりしている場合でも、どれだけ強いインセンティブを与えるべきかという問題の解決方法は必ずしも明らかでない。世の中には自動的に適当な価格が設定されないものも数多くあるからだ。ここで述べてきたような環境の問題はその一例である。地球の温暖化が現実的なものになりつつある現在、われわれが化石燃料を過大に消費して二酸化炭素を排出しすぎたことに疑いはない。

それは二酸化炭素の排出を抑える、あるいは二酸化炭素を吸収することに対するインセンティブが小さすぎたことを意味することも間違いない。しかしながら、それではどの程度の、またどのような方法でインセンティブを与えるべきなのか、という問題になると解決は困難を極める。二酸化炭素の削減は、地球上のどこで行われてもその全地球的な効果はほぼ同じであるため、どの国にとっても、自国の努力をなるべくせずに他国が削減するのを待つインセンティブがあるからである。