インセンティブ{その7 長期的関係と条件付罰則}

 

褒美や罰則は現在すぐに与えなくても、将来に与えることを約束したり、あるいは一定の確率で与えることで、相手のインセンティブになり得る。したがって、長期的な関係を前提とすれば、現在の行動を条件にして将来罰則を与えるという約束、いわば条件付罰則も、相手に特定の行動を促すインセンティブになる。使いようによっては、インセンティブのコストを抑える有用な手段である。

子どもに部屋を片づけさせようとするとき、インセンティブの与え方の一つは、部屋をきれいにしていればお小遣いを増やす、というものである。同様に効果があると考えられるのは、部屋が片づいていなければ、お小遣いを減らすというものである。単刀直入に言えば、言うことを聞かなければ罰則を与えると脅かすわけだ。どちらにしても、子供は部屋を片づけるインセンティブが生じるだろう。

ポイントは、このインセンティブ作戦が成功して部屋がきれいになったとき、前者の場合お小遣いの増額をせざるを得ないが、後者の場合は何も起こらない。つまり、約束に反することがあれば罰則を与えるという策は、実際にはいつまでたっても罰則を与えることなしにインセンティブを与えることができるのだ。大多数の法律はその効果を利用している。法律で禁じられているからやらないということは、言い換えれば法律が条件付罰則戦略になっているからだ。

思わせぶり戦略よりも、戦略的にさらに踏み込んだヤラズボッタクリ戦略という手ごわいものがある。思わせぶり戦略では、それでもたまにはご褒美がやってくるものだが、ヤラズボッタクリ戦略を使いこなす人物は、自分の意のままにならないようなら「別れましょう」などというコロシ文句を駆使して、金目の物をせしめたりする。そのくせ、いつまでたっても別れたりはしないのである。

本来相反する利害関係にある人々であるはずなのに、なぜか協調関係が生まれてしまっている現象は、この種の条件付罰則戦略が応用されていると理解できる場合がある。高次の受注に関する談合の事例は数限りないが、素朴な疑問は本来競争関係にあるはずの建設会社の間に、なぜそのような協調ができるのかという点である。この場合の条件付罰則とは、もし談合破りをして誰かが安値受注をすれば、そのあとは約束をご破算にして全社で安値受注に走ろうというものだ。

このような条件付罰則戦略を相手がとったとき、談合破りは将来の熾烈な価格競争で利益を圧迫することを意味するから、約束通り順送りに受注したほうが得になるので、談合を破らないのが最善である。そうすると、罰則であるはずの熾烈な価格競争はいつまでたっても起こらず、順送りの高値受注が維持できるのだ。条件付罰則戦略は相手に具体的に指し示したり、約束せずとも効果を発揮することもある。

仲間意識、共同体意識というものは、明示的にお互いに指し示されてはいなくとも、たいてい条件付罰則戦略に支えられている。もしもしきたりに反することをすれば、仲間外れになるという罰則がある。だから、しきたりに従おうというのが、共同体意識の戦略的構造である。このように鉄の結束に見える仲間意識も、実はばれたら袋たたきに合うという強迫観念から、逃れられないためである。

銀行の経営方針からブランド品の過剰なまでの流通など、広く見られる横並び現象も、越脱すると罰せられるに違いないと当事者が思い込んでしまっているのが原因の一つである。

 人は他人と差別化して目立ちたいと思う反面、人並みでないことを恐れる生き物である。だから、「みんなが持っている」「みんながやっている」ということに気お使い、コーディネートされた横並びである状態から離れられないのである。