インセンティブ{その6 インセンティブを与える工夫(1)}

 

直接物やお金を受け取るのではなくて、物やお金を受け取る可能性のある、あるいは失う可能性がある、ということも効果的なインセンティブになり得る。ある行動をすることへのご褒美は、必ずしもすぐに与えられなくてもよいし、行動を禁止するための罰金は必ずしもいつでも科される必要があるわけではない。1万円の罰金があっても、それを払わされる確率が1%であるならば、平均的な支払は100円になり、そのあたりの合法的な駐車場よりも安くなるから、違法駐車をするのは経済的に合理的でさえある。

したがって、罰金が有効なインセンティブとして働くのは、摘発される確率が十分大きくなくてはならないが、そのためには多くの人員をかけて見回りをしなければならなくなるのでコストがかかる。しかし、考え方を変えると、摘発される確率が小さいままでも、罰金が十分大きければインセンティブとして働くことがわかる。仮に摘発される確率が0.1%に下がっても、罰金が1億円になれば誰も違法駐車などしたりはしない。罰金が法律によるインセンティブを支えている以上、その金額は摘発の確率との関係で決定されるべきである。

高度に戦略的な人々は、思わせぶりなそぶりを上手に使う。「今度機会があったらぜひ2人きりで...」などと言う発言を耳にしても、肝心の「今度」はめったにやってこないものだ。将来大きなご褒美をあげるということを目の前にいつでもちらつかせおけば、本当に与えるのは実に小さい確率でよい。相手がすっかり術中にはまって何でも言うことを聞いてくれれば、小さな可能性だけでインセンティブとしては十分なのである。

インセンティブは将来の見返りという形でも与えられる。日本の終身雇用・年功序列制会社システムにおいては、入社時点からしばらくは横並びの給与体系が続いていても、将来の昇進時期や、どのような仕事が与えられるかという形で働くインセンティブが与えられていた。自分の仕事の成果が現時点の給与差に反映される形でなくても、将来の昇進のために人は働くのである。将来の見返りがインセンティブとして働くためには、長期の信頼関係と安定性が前提となる。

見返りのあるはずの将来に会社が亡くなっていたのでは元も子もないし、過去に成果上げた人が昇進によって報いられるという例を目の当たりにしなければ、将来の見返りも単に空虚に耳に響くだけである。現在働くインセンティブの強さは、人々が将来どのように考えるかに依存する。右肩上がりの世の中では、バラ色の将来は確実にやってくるものであったため将来の見返りによるインセンティブは強く働く。

 しかし、一方で、将来の見返りに頼るインセンティブは、人が将来に不安を感じ始めた途端に脆いものになってしまうのである。思わせぶりなそぶりも、あまり多用すると効き目が弱くなるし、あまりに現実離れしたご褒美を約束しても案外相手は乗ってこない。このあたり、相手にこれならありそうかなと思わせる程度のご褒美を用意して、信頼を維持するのが肝心のようだ。

コストがかかるために、摘発の確率を高めるのが難しいときには、罰則からくる損失を大きくすべきである。試験にはカンニングが付き物であるものの、カンニングの摘発はなかなか難しい。そのため、多くの大学ではカンニングが摘発された場合には、1年間停学、退学放校など、学生の人生設計を大きく左右するほどの重い罰則を科してそれを防ぐのである。

インセンティブの強度が罰金の科される確率に依存することを考慮すれば、その確率を正確にできれば実際よりも高く、相手に認識させることがインセンティブを与えるコストを下げる上で重要であることがわかる。罰金を科すこと自体が目的ではなく、それによって行動を変えることが問題なのだから、罰金の収入を上げるためにあえてかくして取り締まるのでは意味がない。