前項で述べたように、A誌が経済記事を見出しにしてB誌の方が政治を見出しにするのが均衡であると全く同じ理由で、逆の組み合わせ、すなわちB誌が経済記事を見出しにしてA誌の方が政治を見出しにするのも均衡である。すなわち、現実問題として、A誌の方は相手が政治の見出しを使うと予想して経済の見出しを使い、B誌の方も相手が政治の見出しを使うと予想して経済の見出しを使うということは十分にあり得る。
したがって、戦略的思考の極致ともいえる予想の均衡という考え方を用いて現実に起こる結果を予想しようとしても、必ずしも成功するとは限らないということがわかる。これは、現実に何が起きるかを予想したい第三者の分析者にとっては厄介な問題であるが、戦略的分析法はここにとどまるものではない。この予想と現実の乖離は、当事者である両誌にとっては利益を左右する由々しき問題のはずである。
戦略分析をもう一歩進めると、おそらく両誌ともお互いの予想が食い違って読者を取り損なうことを避ける行動をとるであろう、と予測する。考えられる戦略の一つは、よりよい記事を書くということである。そうすれば、仮に見出しがかち合ったとしても、読者はよりよい記事が書いてある雑誌を買うであろう。もし、B誌がA誌の経済記事の質とは太刀打ちできないと悟っているならば、自然に政治記事を選ぶであろう。
その結果を見て、質の良いA誌の記事が経済に関心のある読者を引きつけたと結論づけ
ることができるだろう。こうしたとき、発売日をずらすのは有効な戦略である。もし、A誌がB誌よりも前に発売され、それに応じてB誌が対応するとなると、戦略環境は一変する。A誌が見出しを決める際に、B誌の行動を予測しなければならないという点では状況に変化はないが、A誌が見出しを決定したあとのB誌にとっての戦略的環境は非常に単純なものになるからである。
B誌にとって、A誌がすでに「経済」の見出しをつけてしまったあとで、「経済」で対抗するのはばかげている。A誌の「経済」の見出しに対しては、「政治」の見出しをつけて4万人の読者を確保する方が競合する見出しをつけるより勝っているから、B誌は「政治」の見出しをつけるのがベストなのである。したがって、A誌の立場からすると、もしA誌が「経済」の見出しで発売したならば、B誌は「政治」の見出しで対抗すると予測するのが順当である。
つまり、A誌はそれぞれの戦略をとった後に、相手がどのように反応するかを、相手の利害を考慮して先読みすべきである。このように、戦略は同時に選ばれるとは限らない。自分の態度を決める前に相手の戦略的行動を観察することができる場合もあれば、逆に自分の行動を決めた後で相手が戦略的行動を起こす場合もある。戦略が選ばれるタイミングがどうなっているか、相手が自分の戦略の選択を観察してから対応するかどうかによって、自分のおかれている戦略的環境の様相は一変する。
相手の行動を観察してから、自分の戦略の選択を決断できるような戦略的環境は、それぞれの戦略の選択を時間の流れに沿って記述し、その結果お互いにどれだけの利益が得られるのかを木の枝状に分岐させ手組み合わせを検討する(ゲームの木)。A誌が「経済」の見出しをつけたならば、B誌の「経済」、「政治」それぞれの戦略に対してB誌の読者は3万人、4万人となるから、「政治」で対抗するのが最善である。
一方、A誌が「政治」の見出しを付けたならば、B誌の戦略は「経済」、「政治」に対してB誌の読者はそれぞれ6万人、2万人となるから、B誌は「経済」で対抗するのが最善である。A誌はこのような戦略の先読みの結果、「経済」に対して相手は「政治」で対抗するからその結果自社の読者は6万人、「政治」に対して相手は「経済」で対抗するから獲得できる読者は4万人になると結論できる。
つまり、B誌の行動を先読みして織り込んでおけば、A誌は「経済」の見出しで6万人、「政治」の見出しで4万人の読者が得られることが予測されるので、A誌は「経済」の見出しを採用すべきなのだ。A誌は先に行動を決定し相手に指し示すことができることによって、より多い読者が好む記事を的確に採用することができるのである。