先読みと均衡{その4 先読みの応用(1)}

 

先に発売してしまう戦略のように、あえて自分の行動を相手に先んじて決定してしまって、相手の手の内をばらしてしまうような行為も、戦略的環境によっては意味を持つ。自分が将来にとる行動を表明し、それを確実に実行するということを約束することを、相手に対して行動を確約(コミット)するという。先に発売することによって、A誌はB誌に対して見出しの内容をコミットし、その結果A誌はより多くの読者を獲得することができたわけである。

しかしながら、競合する雑誌のことであるから、ニュースを先取りして先んじて見出しを決められるという幸運には、なかなか巡り合わないかもしれない。先んじて見出しをつけられなければ、せっかくの戦略の先読みも効果はなくなってしまうであろうか。ある高度にコミットするためには、必ずしも相手に先んじて行動を決める必要はなく、意外な戦略が役に立つことがある。

奇異に感じるかもしれないが、A誌が政治担当の有能な記者を解雇する可能性がある場合を考えてみよう。A誌がこれを実行してしまうと、もし両誌の見出しが政治で競合してしまったときには、読者はB誌を買うであろうし、仮に競合しなくても、A誌は4万人の潜在的読者の多くを失うであろう。したがって、この戦略は自分の能力を自ら弱める支離滅裂な戦略のように見えるが、解雇後の戦略的環境を調べてみると興味深いことがわかる。

A誌が解雇を行った後の戦略的環境を整理してみると、A誌、B誌ともに経済の見出しの場合(A誌:B誌=3:3)、A誌が経済でB誌が政治の見出しの場合(A誌:B誌=6:4)、A誌が政治でB誌が経済の見出し(A誌:B誌=2:6)、A誌、B誌ともに政治の見出し(A誌:B誌=0:4)という形になる(ここでは4万人の半分の2万人を失うとしている)。

こうした戦略的環境をみると、相手のどの戦略に対しても、経済の見出しで対抗する方が有利になっていることがわかる。B誌がこれを知っていれば、そしてA誌が戦略的に思考してしいることがB誌にわかっているならば、A誌が政治の見出しをつけるという可能性を、B誌は排除するであろう。もとより競合を避けたほうが良いので、B誌は政治の見出しをつけるであろう。

したがって、B誌がA誌の記者が解雇されたことを知っているということをA誌が知っていれば、A誌は安心して経済の見出しをつけることができる。このように、一見すると自分の競争力を自ら弱めるこの解雇戦略で、かえってA誌は6万人の読者を確保できる。これはA誌が自分のおかれている環境の戦略的構造を把握していたゆえに可能になった推論である。

相手に対して行動を確約(コミット)してしまう戦略に効果があっても、発売日を早める戦略のように、時間的に先んじてその行動を選択したことを相手に指し示すことができなければ、そのような戦略は実現できない。自分の主張を行動に起こす以前に相手に納得してもらうことが容易でないのと同じ理由で、行動の確約は必ずしも簡単に行えるものではないのである。一方の解雇戦略は、A誌の行動の確約を信頼できるものとする働きがある。行動を戦略的に確約するためには、背後にその確約を信頼できるものにする工夫が必要になってくる。企業の事業撤退、人員整理など、このような戦略的視点で考え直すと興味深い。