戦略的な分析法や思考法の中心となるのが、「先読み」と「均衡(ナッシュ均衡)」の考え方である。その例としてよく挙げられるのは、次のようなものである。いま、競合関係にある2つの週刊誌、AとBがあるとする。両紙とも発売日は同じで、主な購読者は通勤途中に買って読む人々である。潜在的な購読者数は10万人、読者の殆どは、両誌ともに読むことは無く、見出しが面白そうならば買うが、そうでない場合は買わない。
こうした前提において、ある週の見出しになり得る重大記事は、銀行の破産に関する経済関係記事と、議員の逮捕に関する政治に関する記事の2つしかなかった。A誌では経済関係の記事の見出しに興味を感じる読者8万人、政治記事の見出しに興味を感じる2万人と見積もっていた。便宜上、両方に興味を持っている読者はいないものとする。A誌はどちらの見出しを選ぶべきだろうかという問題である。
この場合のA誌の戦略は、「経済の見出しをつける」か「政治の見出しをつける」の2つと考えるのが妥当であることは議論の余地がない(戦略の集合)。このどちらの戦略を選ぶかを決めるためには、当然それぞれの戦略が自社にとってどれだけ利得をもたらすか評価しなければならない。経済記事の読者の方が、政治記事の読者よりも多いから経済記事にすべきだという考えはあまりにも短絡的である。
なぜなら、商売敵のB誌も雑誌を発売するわけだから、当然読者の取り合いになるはずである。B誌の見出しも経済記事だとすると、8万人の読者がA誌だけを買うとは考えられない。B誌の見出しが政治記事ならば、8万人の読者がA誌を買うだろうが、折あしくB誌の見出しも経済記事だったら8万人の読者を取り合うことになる。その結果、A誌を買うのは4万人程度に減少すると予想すべきである。
こうした事情を理解していれば、A誌が合理的に行動の決定を行うためには、B誌の行動に依存して、自社の行動がどのような結果をもたらすかを考えなければならないことになる。自社にとっての利害が自分の戦略だけではなく相手の戦略にも依存する状況では、自社の戦略だけを切り離して評価するという発想は戦略的思考とは言えない。戦略的環境では、自社と相手の戦略の組み合わせを評価することで、戦略的構造が明らかになる。
この原則に沿って、A誌の直面する環境を整理すると、B誌の見出しの選択は、B誌が店頭に並ぶまでA誌にはわからないから、A誌は相手の行動を観察する前に見出しを決定する必要がある。相手の行動が観察できないとはいっても、この週に使える見出しは経済と政治の2つしかないことはB誌にもわかっているはずである。そこで、まずA誌が政治記事の見出しにしたらどうなるかを検討してみよう。
B誌の見出しが政治記事ならば、2万人の読者を得ることになる。一方、A誌の見出しが経済記事を見出しに使うと、B誌の見出しが政治記事ならば、8万人の読者を取り込むことができ、B誌の見出しが経済記事であれば、8万人の読者を奪い合うことになる。この環境で、A誌はどのように考えるべきであろうか。A誌が政治記事を見出しにしたらどうだろう。B誌の見出しが政治記事ならば、2万人の読者を取り合うことになるから、これは経済の見出しで8万人の読者が得られるのと比較すると分が悪い。
一方、B誌の見出しが経済記事だとすると、A誌は政治に興味を持つ2万人の読者をそっくり取り込むことができるが、経済の見出しを出しておけば、読者を取り合うことになるとはいえ4万人の読者を確保できる。すなわち、A誌はB誌がどちらの記事を見出しにしたかにかかわらず、経済記事を見出しにしておけば、4万人の読者を確実に確保できることになるので、A誌は経済の見出し選ぶべきという結論になる。