戦略環境を把握する場合、まず、自分が何をしたいかを基準にすることが前提になる。それを明確にすることで、自分の利害に関係する相手の戦略も見えてくる。ということは、自分の利害が相手の行動の選択に依存するということであるから、相手がどのような戦略を用いるかを想定することなしに、効果的な自分の戦略を見出すことができないことになることは自明の理である。
将棋や囲碁などで、自分と相手の打ち手を頭の中でシュミレーションすることをイメージすればこのことがよくわかる。ゲーム理論的戦略の考え方では、相手の行動を十分に読み込まずに、自分が半ば見切り発車をする形で行動を起こし、相手が自分の都合のよいように行動することを祈るというものではなく、少なくとも、相手の行動は想定内のものであるというところにその真価がある。
一時期、企業戦士の間で「わが社には戦略がない」などと言う言葉が使われたが、これは、トップが売上目標だけを示し、あとは、「夜討ち朝駆け」で相手にしがみつき売上を勝ち取るという極めて非戦略的な行動を社員に促すという行動を指している。もっとも、このやり方で、一定の成果を得た時代もあったのだから、それも戦略のうちだという考え方もあるかもしれない。
何か利害の調整をしなければならなかったときに、「相手の理解を求める」という相手がイエスという確たる根拠に乏しい行動は、場合によっては自分の利益をさらに減少させることにもつながってしまう。例えば、かつてコメの輸入自由化が日米で外交問題化したとき、メディアで報道された政府の方針では、我が国の立場を説明してアメリカに理解を求めるというものであった。
しかし、はっきりお互いの利害関係のある戦略環境にありながら、相手に理解を求めるというのはいかにも無策である。この場合、相手にどのような戦略がとれるのかを調査するのが先決で、そのうえでお互いの利害がどのように関連しているかを調べることから始めるべきである。自分の意にそぐわないことを相手がしたとき、それに対して文句を言うのは人情であるが、それではなかなか解決には至らない。
戦略的思考を重んじれば、まず気持ちを落ち着けて自分が文句を言ったときに、相手がどのような戦略で立ち向かってくる可能性があるかをリストアップしてから考えるべきである。一時の感情に流されて苦情を持ちかけたはよいが、相手の反発が想定外であれば、かえって窮地に追い込まれてしまうこともある。「用意あれば憂いなし」とはまさにこのことで、相手の反発をあらかじめ予想しておけば、次の局面においても有利に戦える。
こうしたことは、冷静にかつ客観的に考えれば誰にでも理解できることではあるが、現実に自分のこととなるとそうはスマートに対処できない。企業の現場でもそうしたことはよく起きる。例えば、取引先とのトラブルで相談を受けることがよくある。このときの相談者の説明は、おおむね、自社の側に理があり、100%相手側に非があるという説明である。そこで、私が、戦略的思考で環境を整理してみる。
そのうえで、相手の言い分を少し意地悪な言い方をリストアップしてみると、案の定、明快な反論はできなくなる。そして、しまいには、「あなたは一体誰の味方なのか?」と言って怒り出す。こうしたパターンーンはよくあることだ。私とてしては、相手の厳しい反論に耐えられなければ窮地に追い込まれる可能性があるので、それに対する反論を考えるうえで戦略を練っているつもりなのだが、冷静さを欠いている相談者には理解できない。
ゲーム理論的戦略の考え方では、置かれている戦略的環境を前提にして、まず、勝ちパターンを探ってみる。しかし、同じ土俵上で戦う以上、相手も自分の戦略を悟りそれに対応する戦略をとってくる可能性は大であると考えるのがセオリーである。そのうえで、落としどころ(ナッシュ均衡)を探るというのが根幹である。それは、力関係を背景にした単なる妥協とは全く異なるものである。