株式譲渡を行う(その1 売却価格の合意)

 

(1) 基本事項の検討

 M&Aにおいては、当事者間の交渉により買収金額が決定することになる。通常の場合は、その交渉の基礎として参考にするために企業価値評価を行うことになる。企業価値評価は、M&Aの取引価額を決定するにあたり、重大な影響を与えるものであり、かつ評価には高度な専門知識や経験が必要となることから、会計関連については、第三者の公認会計士、税理士等に、法務関連は弁護士に依頼するのが一般的である。なお、具体的評価の方法は、次のようになる。

1) 時価純資産方式

 企業のストックとしての純資産に着目し、企業や事業の価値及び評価等を算定する方式で、貸借対照表の資産、負債を時価で再評価し、必要な調整を加えて時価純資産をもって株式価値とする方法である。不良債権や不良在庫がある場合に評価替えを行うこと、不動産の含み損益を評価に反映させることはもとより、会計的に未計上の負債がある場合にもその発生額を見積評価に反映させることが必要である。

2) 類似会社比準方式

 評価対象会社に類似する上場会社等との比較により、対象企業の株式価値又は事業価値を評価する方法である。株価形成に大きな影響を与える財務指標には、配当金額、利益金額(営業利益、経常利益、純利益)、純資産額売上高成長率、利益成長率などが考えられる。実務では、これらのいずれかを使用するケースがほとんどである。

3) DCF方式(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)

 企業のフローとしての収益又は利益に着目して、企業真価値及び株価を算定する方法である。5年ないし10年間の事業計画に基づく予想損益計算書や予想貸借対照表から各年度のキャッシュ・フロー及び残存価額を算出し、その合計を現在価値に還元して企業価値とする方法である。企業資産は、単に所有するのが目的ではなく、それを利用して収益を生み出すためにあるので、投資成果の正味の手取額に基づき企業価値を測定すべきであるという考え方に基づいている。

3)  併用方式 

企業には、それぞれ様々な特質があり、1つの特質にのみら着目した評価方式のみを採用することは合理的でない場合がある。そのため、複数の評価方法を併用して、一定の割合で案分する手法を用いることがある。最近の判例においても、こうした併用方式を採用するものが多いようである。

 非上場会社の吸収合併の際、吸収消滅会社の反対株主から株式買収請求(会社法785-1がなされ、任意の話し合いでは合意に至らず、裁判所に対し、会社法7862項に基づき公正な価格の決定を求めた事案で、最高裁判所は、株価の算定方式として、収益還元方式を採用した場合、収益還元方式には、市場における取引価格との比較という要素は含まれない以上、非上場株式が上場株式に比べて市場がなく流動性が低く、換金にコストがかかかるというという理由での減価(いわゆる流動性ディスカウント)を行うことは相当ではないと判示している(最決平27326判時225688)。

 これは、非上場株式の価額をどの算定方法によって判断するかは裁判所の合理的裁量にゆだねられているとしながらも、採用した算定方法において加味されない要素を追加で加味することも、インカムアプローチ自体が市場性を加味しない算定方式である以上、非流動性ディスカウントを行うことはできないものと思われる。

(2) 基本合意書の調印

 大筋で合意が行われた後に、一般的に基本合意書を取り交わすことが行われる。基本合意書には、1)譲渡の目的、2)譲渡の日程、3)売買価格(基本合意の段階では確定していない場合もある)、4)当時会社の概要、その他必要な事項を掲載する。

(3) 株式売買契約書の作成

 当事者間での最終交渉で確定した売買価格で、買主と売主との間で株式売買契約書を締結する。株式売買契約書では、一般的に株式の譲渡に係る株式の価格、対価の支払い方法及び支払時期などを記載することになる。

(4) 株式売買契約書を作成する上での注意点

1) 契約当事者

 株式譲渡人は、通常複数となる場合が多く、個々の譲渡人とそれぞれの契約を締結する必要がある。1通の契約書で行う場合には、全員が株式譲渡人として署名押印し、株式譲渡人の人数分契約書を作成して、各自保管することが必要となる。

2) 株式の譲渡手続き

 平成16年商法改正で、会社は株式を発行しないことを定款で定めることができるようになり、この場合には株式の譲渡は意思表示のみによって成立する。ただし、第三者に株式を譲渡を主張するには、株主名簿の名義書換えが対抗要件となるので、契約上も株主名簿の名義書き替えを要件とすることになる。

3) 従業員の引き継

 M&A後も優秀な人材を繋ぎ止る必要があるため、売り主の協力のもとに引継策を講じる必要がある。

4) 役員の辞任と退職慰労金

 M&Aにおいて、対象会社の取締役の辞任が予定されている場合には、通常、譲渡契約時に辞任届の交付を行う。そして、退職慰労金をM&A後に支給する場合には、株式譲渡人による支払保証をすることになる。