選択肢過多

 選択肢過多(Choice Overload)とは、選択肢が増えれば増えるほど、選択することが難しくなってしまいストレスの原因になってしまう現象のことである。製品の豊富な品揃えは、顧客の選択肢の幅を広げ、選ぶ楽しみや買い物の自由を提供することにつながる重要な施策である。しかし、選択肢を増やし過ぎると、選択過多に陥ってしまい、結果として顧客の購買行動の負担になり、売り上げに結びつかない場合がある。

 選択肢が購買行動に与える影響を調べるために、スタンフォード大学のマーク・レッパー(Mark Lepper)とコロンビア大学のシーナ・アイエンガー(Sheena Iyengar)による有名な実験がある。スーパーでジャムを試食した顧客に割引クーポンを渡すという特設ブースを設け、ある週末に24種類のジャムを、別の週末には6種類のジャムを並べて、購買行動の反応を調べるという実験を行った。

 24種類のジャムが並べられているブースでは足を止めた顧客の60%が試食をしたが、そのうち3%としか購入しなかった。6種類のブースでは、40%しか試食しなかったが、そのうち30%近くが購入したという結果が出ている。この実験によって、選択肢過多という現象が実際に存在し、選択肢が多過ぎると購買意欲が低下してしまうということ、そして、選択肢は多過ぎないようにある程度限定した方が購買に結びつき易いということが解る。

 選択肢過多によって、購買意欲が低下してしまう理由については、いくつかの要因が考えられる。一つは、大多数の人はすべての可能性を比較検討するだけの能力を持ち合わせていないということである。人間の短期記憶に関する「7±2の原則」という、新規に与えられた情報を5つから9つしか頭の中に留めてくことができないとされる原則がある。一度に覚えられる限度を越えて、情報処理が困難になってしまうと、顧客が疲れてしまい、購買動機自体を拒絶するようになってしまうことが考えられる。

 二つ目は、選択肢過多によって評価の形成が難しくなり、参照に足るだけの基準ができないということがある。顧客は購買において、失敗しないように具体的な情報を収集し製品比較を行う。選択肢が多いブースで試食が増えるのは、味見という情報収集方法により製品比較を行っているためだと考えられる。選択肢過多で比較対象の数が多いほど、評価基準が曖昧になりやすく、品質評価の自信が揺らいでしまい、結果として購買を見送るという判断がなされると考えられる。反対に、選択肢が限定されている場合には、既に購買を決めつつある製品の良し悪しを確認するための最後の一押しとして試食が行われ、購買に結びつくことが考えられる。

 三つ目は、切り捨てなければならない他の選択肢が多いという心理的負担も大きくなるということである。たくさんの選択肢の中から一つを選ばなければならない場合、購買後に他の製品の方が良かったかも知れないと後悔したり、他人や口コミの評価などで他の製品の方が高評価であったりした場合に後悔する可能性が高くなる。対象の数が多ければ多いほど、認知的不協和と呼ばれる心理的ストレス状態に陥りやすい。

 選択肢過多によって、顧客の購買動機に負担をかけてしまっている場合には、選択肢を削減することが、製品判断の簡略化につながり、結果として購買促進につながる可能性がある。顧客の買い物の自由や楽しみを損なわず、選択肢過多にならない程度のバランス感覚が重要となる。また、近年ではWebやモバイルの発達による情報増大によって、選択肢過多が起こされ易くなり、人々の意思決定に変化が表れてきている。

 選択肢が増えて選ぶことが困難になっただけでなく、これまで知り得なかった情報を知ってしまったことで、自分の身の回りで起こる出来事や現状に満足できなくなり、理想的な選択肢を探し求め続ける「青い鳥症候群」や、現時点での決断を避けたり、自ら考えることをやめて大多数と同じ採用をするといった「選択の放棄」が起こりやすくなった。選択過多による決断・判断・意思決定の変化は、消費離れ、無個性化、恋愛離れ、晩婚化、ニート、就職浪人、転職渡り鳥、といいった社会現象との関わりも深い。