ニーズとその充足行動の時間差

 ニーズとは、心理的アンバランス、生理的アンバランスを解消するために、「どうありたいのか」「どう行動したいのか」「何が必要なのか」を、より具体的に言葉でイメージしたものでる。つまり、外部に向かって言葉として発言するかどうかは別として、少なくとも、言葉によって「概念化」されたものでなければ、提供者側にはニーズとして伝わらない。

 すなわち、真のニーズ(本音のニーズ)は、概念化されていることと、それを言葉や記号で提示されなければ、ニーズとして把握することはできないわけであるが、本音のニーズがストレートに発信されるとは限らず、場合によっては、建前やうそによって塗り固められた偽りのニーズとなって出現することもあり、真のニーズが見え難くなることもある。

 企業の幹部からよく質問されることであるが、社長から合理的で斬新な賃金制度を作るように命じられ、腕を振るって企画し社長に提示したところ、OKサインがなかなか出ないで苦慮しているという。この例などは、たぶん、社長は本音を抑えた形で建前のニーズを示して、部下に企画を任せたためニーズの認識に大きなズレが生じたものと思われる。

 この例のように、本音をそのままニーズとして発信すると、現時点ではそれを充足することが困難であることが予想されることがある。つまり、この場合でいうと、社長の本音では、合理的な賃金制度とは「追加予算を伴わないこと」という本音を察した上での合理性だったが、言葉の外形だけをメッセージとして受け取ってしまったというわけである。

 個人のニーズを正確に捉えるのは実に難しい。例えば、本音では自分のニーズを充足するに足りる商品を提示されても、それを購入するための資金がないことを悟られたくないがために、自分にはそのニーズがないといって購入を断る場合もある。しかし、本音のニーズは持ち続けているため、資金調達にめどがつけば購買行動によってこれを充足する。

 一方、マーケターの側から見れば、ニーズがあるかどうかの判断基準は、売上数量の大小である。したがって、住宅を購入しようとして貯蓄していた人が、不動産があまりにも高騰してしまったため、住宅購入を諦め自動車の購入や海外旅行に切り替えたとしても、その場合の市場の大きさから、ニーズがあると判断したとても間違えであるとは言えない。