直接行動に結びつかないニーズ

 前項で述べたように、消費者は、心理的アンバランス、生理的アンバランスを解消したいというニーズを充足する手段として購買行動をとる。しかし、ニーズが強くても行動に現れない場合もある。それは前述のドリルのような場合もそうだし、予算と価格の隔たりが大きい、あるいはニーズがあまりにも非現実的(空飛ぶバイクが欲しい)な場合である。

 また、商品知識が不足しているため、ニーズを充足するに相応しい商品が既に存在しているにも関わらず、適切な行動に結びつかないこと、流通上の制約から、希望する商品に直接アクセスできないという事情もあるかも知れな。いずれの場合も、真のニーズを充足するには足りないことを承知していながら、満足水準を下げて購買行動にでることになる。

 これらの行動は、アンバランスを解消したいという本音に沿ったものであるが、本音のニーズをあえて隠すことを選ばざるを得ない状況下にあることもある。それは、他人や社会などに対する配慮から、本音を抑えた行動をとることが望ましいと判断した場合である。例えば、地球温暖化防止が叫ばれている中、人の目を気にしてエコカーを選ぶなどである。

 この例に限らず、慣習や社会的枠組みが一度コーディネートされてしまうと、よほど合理的な根拠がないと覆すことは難しい。そのため、消費者は本音を抑え込み社会的枠組みに即したニーズに変質させてしまうことがある。したがって、この時の購買行動は、真のニーズを反映したものではないということになる。ここをどう読むかが大きな課題である。

 さらには、他人の目や社会の枠組みとは別に、強いニーズを持ちながらそれを解消できるであろう手段を、意識的に求めない場合もある。つまり、本音ではニーズを十分に感じながら、それを認めたがらない、あるいは認めるのが怖いという場合がそれである。例えば、「がん検診」の必要性は認識しているが、自分には必要ないと思いたい心情などである。

 保険商品に対するニーズなども同じことが言え、従来は、消費者が積極的に契約するケースは稀で、どちらかというと営業による啓蒙活動に大きく依存していたが、近年は、本音をストレートに表現する趨勢になってきたことから、これまで潜在的ニーズに位置づけられていたものが、顕在化して市場規模(ニーズの質量)が測定できるようになってきた。