女性リーダーを育てるソンジュグループ(その1)

 この本で著者たちが繰り返し述べてきたのは、イノベーションに求められるリーダーシップは、一般に優れたリーダーと考えられているリーダーシップとは異なる。議論の主導権を握るとか、情け容赦のない決定を下すとか、あるいは何でも知っているように見えるとか、チームの中で最も頭が切れるとかが、今でもリーダーの資質があると見られている。

 しかし、皮肉なことに、そういう振る舞いはすべて、新しく有益なものを生み出そうとするメンバーの意欲や能力を妨げることになりやすい。イノベーションに長けたリーダーは、逆に状況に敏感に反応し、従来型の資質は必要なときしか発揮しない。その振る舞いや問題の対処のしかたは、一般に言われている有能なリーダーのイメージとは相いれないことが多い。

 したがって、真にイノベーションのリーダーの素質に恵まれている人ほど、著者たちが言う「スタイルによる不可視者」になり、才能を見過ごされてしまいやすい。才能を見過ごされ易い人には「スタイルよる不可視者」の他に、「人口増による不可視者」もいる。「人口増による不可視者」は、イノベーションのリーダーになる資質を備えているのに、性別や民族や国籍や階級や年齢などに対する世間の固定観念のせいで、無視されてしまう人たちである。

 この人たちは明白な制約のせいで、「不可視」な存在になっていることが多い。例えば、アパルトヘイトの時代の南アフリカ共和国のように政治的な権利を奪われているとか、旧共産主義国のように企業家の才能を発揮する場がないという場合がそうである。また、途上国、先進国の別なく、暗黙の制約のせいで、リーダーシップを発揮するチャンスを奪われている人もいる。

 それらの「不可視者」は、権限や影響力のある地位に就くために役立つ手段としての、社会的ネッワーク、幹部養成コース、実力以上の仕事を任されるストレッチアサイメントなどが、公平に与えられていない人たちである。これらの偏りにあざむかれず、イノベーションのリーダーの才能をほんとうに備えた人物を見つけるには、新しい選考基準を持たなくてはならない。

 そのためには、個人が全体のなかでどういう役割を果たしているかをじっくり目を凝らすとともに、個人のどういう性格や態度を高く評価するかを見極める必要がある。ここで紹介している三人目のリーダーは、これまで会社のすみに押しやられていた人たちのリーダーシップを育むことを使命とする企業、ソンジュグループの創業者で、高級ブランドMCMのオーナーでもあるキム・ソンジュである。