IBMのリーダー養成

  IBMの事業開発担当副社長で、他社の買収と統合の責任者だったスティーヴ・クローブレンは、外部のイノベーションや才能をIBMに取り入れるのが彼の仕事だが、自社に成長をもたらすイノベーションの第一の源泉は、自社の従業員たちだと考えていた。クローブレンは、ある重役向けセミナーで、「ボトム・オブ・ザ・ビラミッド(BOP)をターゲットにしたビジネスチャンスの講義を受けた。

 BOPとは所得階層のピラミッドの最底辺のことで、世界にはこの階層に位置づけられる人々が無数にいる。この階層向けに適切な商品を適切な価格、適切な方法で販売できる企業は、莫大な市場を開拓できるという話に、クローブレンは興味を引かれた。そして、独自に調査した結果、この市場は大きなビジネスチャンスになることを確信するに至った。

 この頃は、ちょうどIBMにとっても戦略の一大転換期であったので、新しく定義しなおした理念「世界の役に立つイノベーションを生み出そう、クライアントのビジネスの成功のために力を尽くそう」にそって、わたしたちはその変化を可能にする媒介役になろうと思ったという。そこでクローブレンは直接指導している若手社員たちにメールを送った。

 その内容は、「発展途上国の人々が直面している問題の中には、IBMの技術で解決できることが沢山あるのではないかということです。小さなグループが集まって、IBMが商業的にも実行可能な方法で、BOP問題に貢献するためにはどんなことができるかを、皆でブレインストーミングしてみたら、なかなか楽しいのではないか」というものであった。

 全員の賛同を受けて、半年後に「世界開発イニシアチブ(WDI)と名づけられたプロジェクトが始まった。プロジェクトの目的は「革新的かつ商業的に実行可能なテクノロジーソリューションの開発におけるIBMのリーダーシップを最大限に活用して、世界の貧困層の生活を向上させること」と決まった。戦略目標は、10億ドルの新しい収益源を築く共に、10億人の生活改善を支援することが掲げられた。

 WDIからは、価値ある革新的なアイディアがたくさん生まれているが、WDIの最大の「製品」は、技術や経験を兼ねそなえたイノベーションのリーダーだったのではないかと、筆者たちは述べている。このことが示唆しているのは、未来のイノベーションのリーダーを見つけるためには、従来のリーダーの育成システムに頼ってはいけないということである。すなわち、先頭に立つチャンスをみんなに与えて、各自が自分の個人的な情熱の実現のために必要なリーダーシップを学び、磨ける場を提供することが必要である。