官僚制は、現代においてもあらゆる組織運営における基本で、法律を根拠にして成り立っている社会で不可欠な面がある。しかし、規則に縛られ過ぎると、組織運営が硬直化し、メンバーは本来の目的から逸脱した行動をとるようになるような負の側面もあり、環境変化に対応しきれなくなることもある。マートンは、これを「官僚制度の逆機能」と呼んだ。
官僚制では、規則を根拠しているため、メンバーは規則に違反しないことを何よりも重視する。しかし、長い年月が経過すると規則が独り歩きして、規定本来の意味から逸脱した会社が横行しても、表面的な違反行為とならなければ、特にマイナス評価になることはない。こうなってしまうと、規則がメンバーの怠慢を奨励しているかのような形になる。
ということは、メンバーは規則に違反しない範囲内で行動することで職務を全うしていると感じてしまう。例えば、同僚が困っているときや、こうすれば組織の目的に叶うというような場合でも、自分に課せられた本来の職務ではないときには、敢えて手を差し伸べようとしない不作為(訓練された無能)が横行しても、誰もこの態度を改めようとしない。
このように、最低限の行動で済ますメンバーばかりの組織は活力を失い、組織外にも影響を及ぼし、各方面に不満をもたらすことになる。これが俗にいう「お役所仕事」と言われるものであるが、一旦定められた規則は、いつしかマニュアルとして独り歩きしだし、住民サービスや顧客満足度を低下させ、規則の合理性は著しく損なわれる結果をまねく。
組織の目的を達成するために定められた規則が、目的を達成するための行動よりも、規則を守ることに重点が置かれるようになると、手段が目的化してしまい、何を目的として行動しているのかを見失ってしまう。こうして溜りにたまった垢が組織文化として定着すると、環境変化に対応した組織に変革しようとするとき、大きな負荷がかかることになる。
手段が目的化してしまっていることは、身の回りにも結構ある。例えば、学校や社会で勉強するのは、自分の人生を豊かにするのが本来の目的であるはずだが、いつしか試験に合格することが目的になってしまう。また、企業にとって利益は、ビジョン達成の手段ないし条件であるはずなのに、それが目的となっているなども、これに類するものである。