完全情報転化型ゲームの応用型である「最後通牒ゲーム」は、我々は昔から多用してきた。つい先日も、いつまでも帰ろうとしない子供に対して、「帰らなければ置いていくよ!」というと、子供は「いいよ」と即答した。お母さんは最後通牒の積りだったとしても、子供としては、「お母さんが自分を置去りにするはずがないこと」を経験的によく知っている。
この場合のお母さん言葉は、子供にとって「最後通牒ゲーム」ではなく、単なる「おどし」であったわけで、このようなから脅しは聞き飽きているということである。案の定、子供の返事を聞いて、帰りましょうと言いながら子供の方へ歩み寄っていった。どこにでもある家族のほほえましい光景ではあるが、ビジネスの交渉術では意味のない戦略である。
最後通牒ゲームで勝利するため、ギリギリまで手を打たないで時間を稼ぎ、相手の選択肢を狭めるという戦略はよく用いられる。しかし、現実にこの戦略が必ず功を奏するという保証はない。こうした状況を何度も経験すると、やはり最後通牒ゲームは「非現実的である」と結論づけてしまいがちであるが、その割には今も多くの場面で用いられている。
最後通牒のつもりで打った手が、相手からさらに最後通牒を突きつけられる羽目になることもよくある。例えば、価格交渉などで、この価格が吞めないのであれば交渉は不成立ということにしたなどという場合、必ず相手がその価格を受け入れるとは限らない。それは、この価格交渉を巡る基準点を把握していないため、脅しを読まれてしまうからである。
基準点とは、自分と交渉相手の満足水準のようなものである。具体的には、「売りたいのか」「いくらぐらいなら買うつもりか」といったお互いの腹積もりを確かめておくことである。つまり、最後通牒ゲームに勝つためには、いくつかある選択肢のうち、相手が自分の利得が最大あるいは満足水準になるように誘導するための手段でなければ、成功は難しい。
最後通牒ゲームでは、提案者は自分の利己的な行動と公平性という2つの基準の間で行動していると考えられる。最後通牒ゲームでの相手の取り分に対する提案は、「このくらいなら相手は拒否しないだろう」という利己的な動機による予測と、公平な提案を使用とする動機に基づく提示が合わさった結果である。ここが実際の交渉での難しいところである。