情報の非対称性を克服

 経営者と社員の関係は、労働市場関係でいうと経費と所得の関係にあり、経営者から見た人件費は節約の対象であるのに、社員にとっては生活の基盤であるという決定的な違いがある。一方、売上を増やすとか利益を上げるという点では共通の目標となるから、この関係は協働関係と呼ばれる。また、人と人との関係は利害を超えた付き合いの関係である。
 こうして見ると、協働関係が両者の絆を強める核となっていることが理解できるが、分配を巡っては相変わらず対立関係から抜け出せない状態にある。これは、立場の違いというよりも、元を正せば立場の違いからくる情報の非対称であることによるもので、お互いに情報を共有できれば、純理論的には、ある程度は解消できる可能性は高まるはずである。
 しかし、現実には人事や報酬については、理論的に解決する手段はなく、結局は力関係による妥協によって均衡を保つほかない。このように一見不安定な因習の上に立っている不文律によって、ものごとの均衡が保たれているように見えるが、こうした伝統的な枠組みを破壊した場合の混乱を考えると、これを飲み込んだ上で対処したほうが得策である。
 ただし、対立関係はなるべく少なくする努力をする姿勢を示すことは、実際のトラブルを防止する意味において有効であるとこともよく知られている。例えば、最近、経営者が元従業員に刺殺されるという事件が多発しているが、お互いの正当性を主張するだけではなく、情報の非対称を解消するためのコミュニケーション不足が大きく影響している。
 ある会社で調査したところ、経営者は労働分配率や一人当たりの生産性を重視しているが、社員は、売上高に対する人件費比率を重視しているという結果が鮮明になった。この結果は、明らかに情報の非対称の存在を改めて認識するものとなった。つまり、経営者は付加価値が高ければ、人件費が高くても仕方ないと考えているが、社員は理解していない。
 社長は、「そんなことは誰でも知っていることだ」「すでにその意味については何度も説明している」といってぼやいていたが、こうした考え方が存在しているという事実を重く受け止めるべきである。「経営を見える化」するということへの期待は高まっているが、本当の意味での情報の共有には至っていないまま、先を急いでもその効果は極めてうすい。