最近は、日本的経営の利点について語られることが少なくなったが、日本的経営が廃れたというより、経営者が現代の経営に日本的経営を活用しきれなくなってきているという側面もある。確かに、年功序列型の人事制度などは、前近代的でこれを引きずっていては激しい市場競争に対応できる人材を育成することはできが、世界に誇れる面も残っている。
例えば、サービス業などで高業績上げている企業では、日本人の「おもてなしの心」を前面に打ち出して経営戦略の隠れた柱に据えているところも見られる。社会が成熟化するにつれて、「モノ的商品」から「コト的商品」に消費者のこころが変化してきている現実をみると、日本流の「おもてなしの心」は、商品やサービスに大きな付加価値をもたらす。
この「おもてなしの心」は、日本的経営の原点であり、これが製品やサービスの品質を形成するのに役立ってきたことを思えば、今まさに、日本的経営の核となっている経営家族主義の強みが見直されてもおかしくない。というより、家父長制が崩れたことにより、日本的経営の中身が薄れてきたことにより、企業の戦力が弱まってきたとも考えられる。
経営者は、新しい経営手法や経営戦略論が発表されると、こぞってこれを読み漁り、理論武装することで競争力を高めようとする。近年は、中小企業の経営者でも博学の人が多く、私のようなコンサルタント泣かせが増えている。しかし、中には単なるものしりになっただけで、自社の経営現場で活用していると感じることは、それほど多くはないようだ。
経営者が理論武装をするのは結構なことには違いないが、日本的経営は古臭いと思って、近代的経営を学ぼうとしているのであれば、それは、足元の社員の心を掴んでいることにはならない。従来のような縦型のOJTが機能しなくなったのは事実としても、これが日本的経営の欠点であるわけではなく、本来の良さを活用できなくなった姿勢に問題がある。
日本的経営には、ファミリーとしての絆や思いやりといった精神に支えられた協働システムが欠かせないものであるのに、「よらしむべし、知らしむべからず」という封建的な考え方が人材育成の根底に残っている。会社にとって使い勝手のいい社員が優秀な人材であるという考え方が根強く存在するのでは、本当の意味での「経営の見える化」は進まない。
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