経営の見える化とは、比較的新しい言葉で現在もよく使われているが、この言葉の響きから受ける印象は、これまでの経営が全くブラインドになっていたので、これを改めるべきであると提唱しているかのようである。しかし、伝統ある従来の企業でも、情報を共有することを経営方針に掲げ、経営を見えるように工夫してきた企業は数多く存在していた。
ただし、IT化が促進するにつれて、これまで困難だった「暗黙知」をデータベース化することで、「形式知」に近づけ、これをもとに新しい戦略の構築に活用するという流れが可能になったため、こうした環境変化に乗り遅れている企業に警鐘を鳴らす意味合いが強い。こうした背景から新しさが強調されているが、実態は「情報の共有化」に過ぎない。
もっとも、オーナー経営の中小企業の中には、敢えて情報の開示を拒み続けることで、安全で独自の戦略の模倣を防止してきたという実態もある。しかし、市場の成熟化が思わぬスピードで進み、旧来型のビジネスモデルでは企業の成長はおろか、存続さえも危ぶまれるという現実に直面するや、いい製品をつくるという差別化戦略では戦えなくなった。
にわかには信じがたいことではあるが、こうした企業の財務諸表を時系列で眺め、真上から俯瞰してみると、なるほど、純資産は創業当初より増加しているが、それは、従業員の賃金水準の低さに支えられてきたことが窺われることがある。ひどいところになると、その蓄積された利益は、サービス残業の未払い賃金分とほぼ一致していることさえある。
そのことの是非はともかく、こうした企業では、従業員の教育・訓練も不十分であり、市場環境の変化を読み取るだけの能力が開発されていないため、現在のビジネスモデルをチェンジしようにも、知恵の出しようがない状態である。なにしろ、経営者との価値観の隔たりを一朝一夕には埋めるすべがない。この時に初めて人材育成の重要さを痛感する。
また、情報を共有し、誰もが経営を見えるようにすると、会社の機密事項が外部に漏れることを異常に警戒するという企業もある。特に、退職した社員に顧客情報を持ちだされることを恐れ、ガンジガラメに規則や誓約書などで縛りつけている場合もある。そうした懸念は解らぬでもないが、こうしたことが対応力の鈍さに繋がっていることは確かである。
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