キャリア支援体制整備の遅れ

 寡占型産業などでたびたび起こる現象の一つに、価格カルテルの問題がある。市場が閉鎖的で総需要が限られている場合、シェアが一定水準を割り込んだ時、ある企業が値下げに踏み切ると、たちまち、他の企業も追従せざるを得なくなるため、あっという間に業界の利益率は低下してしまう。何とか利益を確保していた企業にとっては迷惑なことである。
 しかし、反対にある企業が値上げをすると、他の企業も必ずそれに追従するとは限らない。何故なら、そのことにより自社の価格水準が低く抑えられていることを強力にアピールできるので、シェア拡大のチャンスになる可能性が高いからである。賃金の引き上げについても同じようなことが言えるので、下方硬直性が慢性化してしまう傾向が強まる。
 人材育成の場合も、社員のキャリア形成を意識した人材育成プログラムを組むと、他の企業は、その企業で教育訓練された人材がリタイヤすれば、自社では歓迎することになるはずである。かつて、こうした人材育成のただ乗りを、第二新卒などと呼んでいたが、慢性化している人材不足を考えると、それほど大きな進歩は見られないように思われる。
 基本的には同じようなマネジメントスタイルが続いているのだとすれば、ますますグローバル化する市場の中で生き残るのは難しい。一企業とすれば、確かに自社の経営目標達成のために有用な人材を育てることに窮しているため、社員個々人のキャリア形成については、後順位の課題なのかもしれないが、他社も同じように考えているとすればどうか。
 先ほどの価格カルテル同様、他社で育成された人材に魅力を感じるだけで、自社では育成に後ろ向きというのでは、結果としてどの企業も人材育成に力を注ぎたからないということになってしまう。こうした経営姿勢と自分らしいキャリア形成を目指す従業員(特に若者)とに大きなギャップが生じているというのが、今日の社会現象のように思われる。
 これは、ゲーム理論の「論理的なブタ」そのものである。すなわち、他人のためになる行動をとることを嫌って、自分ためになる行動を控えてしまい、そのことが、かえって自分を窮地に追い込んでしまう。新しいビジネスモデルを次々に開発し続けなければ生き残ることも危ぶまれる現在、コアとなる人材育成を怠ることは経費の節減どころではない。