旧来の階層型組織の下でもプロフェッショナルは育ってきた。しかし、日本社会では、未だに中高年にならなければ一人前に扱われない風潮が色濃く残っている。例えば、結婚式などでは、若輩者であることが強調され、本人もそのことに納得しているような雰囲気があるが、本当は、年少者イコール未熟者という常識を心の底から受け入れてはいない。
しかし、若者もまた、こうした常識を巧みに利用し、結婚式の費用を親に依存することで、バランスを取っているようにも見える。こうしたなれ合いの構図は結婚式に限ったことではなく、他の社会制度や企業の人材育成の姿勢にも色濃く残っているため、一人前に育つには長い年月が必要であるという思考枠組から脱皮することができないでいる。
確かに、ものごとに精通し技術や技能を身につけるには経験は必要であるが、ある程度の経験を積むことで、プロフェッショナルの域に達する場合もあるし、そういう能力の高い人も存在する。こうした事実が証明され、若くして責任のある仕事を任せられる例は多くなってきていることも事実であるが、それは、その人が優秀な人として扱われている。
日本企業の場合は、ピラミッド型の組織構造の呪縛から逃れられず、若者の果敢な挑戦意欲を活用するよりも、企業に対する忠誠心を醸成する人事システムにより抑え込んでいるきらいがある。このことが、柔軟で向上心のある若者の動機づけを阻んでいる。こうした仕組みが、若者の自立性を阻んでしまうため、顧客志向のビジネスモデルが育たない。
ある企業では、旧来の組織構造をそのままに据え置き、女性を管理職に登用するという方針を打ち出し実施した。しかし、役員の殆どは、女性はすぐに辞めてしまうので、効果は極めて限定的であるだろう考えていた。直属上司もまた同じ考えであったため、課長に登用された女性は、そうした上司の下では内発的な動機づけが生まれなかったようである。
はたせるかな、この試みは失敗に終わったが、「やはり女性は管理職には向いていない」という総括で終わってしまった。こうした役員の貧しい考えに落胆して、有能な社員は会社を去って行った。中小企業では、特にこうした悪しき伝統が根強く残っており、「結局はやる気の問題だ」として、問題の本質を深く分析することを嫌う傾向が強いようである。
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