企業が情報を分析する目的は、どのような戦略を取ったなら売上が増え、最終的には利益が上がるのかという問題の答えを出すためである。こうした目的があるにもかかわらず、現場では分析のための分析になっていることもある。例えば、財務会計処理なども、本来は税務会計だけが目的ではないはずなのに、ひたすら情報を収集し分析している。
極端な場合、会計処理が適正になされることが目的化してしまい、ここから得られた情報を分析し、有意な経営情報に加工するといった基本的な分析さえおろそかにされている場合もある。このように、まるで税務申告のために会計処理を行っているように見えるのは、会計処理ソフトが充実し過ぎたためとも考えられるが、それは言い訳に過ぎない。
適正に会計処理された財務諸表は、経営活動の成果をまとめたものであるから、結果の良し悪しだけを議論するのではなく、このような結果にどうしてなったのかを検証し、来期はその反省を踏まえて、戦略をどう組み直すかを検討する材料として活用しなければ意味がない。本来の財務分析は、結果から戦略の妥当性を逆に辿ることにある。
多くの中小企業の場合、市場の設定と経営資源の質量と適正配分に問題があることをあまり顧みず、期待したほど売れなかったのは、営業員の怠慢や力不足であるという安易な結論を出してしまう。財務諸表から得られる情報を加工して分析するだけでもかなりの改善ヒントが得られるはずなのに、あまり踏み込もうとしないのは残念である。
そうした経営姿勢の中で特に気になるのは、市場の規模の捉え方(設定)とその市場からもたらされる情報の組み合わせが不十分であることが多いことである。すなわち、ここで欠けているのは、クリティカルマスという概念が欠落しているため、市場規模に見合った経営資源の投入が不十分であることが、結果的に経営資源を無駄にしてしまっている。
これは、ちょうど勉強した質量と学業が常に一致するわけではないが、継続してチャレンジしているうちに急激なカーブを描いて成績が上昇するのと似ている。経営努力も同じで、臨界点に達しなければ、どんなに努力しても期待したほどの成果に結びつかない。クリティカルマスに満たない不十分な資源の投入を疑ってみるべきである。
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