仕事の優先度を自分で決められる人

 会社の人事評価で、よくミスジャジしてしまうことの一つに、「真面目であること」と「責任感の強い人」を混同してしまうことである。真面目であるというのは、労働契約を締結する場合の必要条件であり、特にプラス評価するほどのことではないのに、「この人は真面目なので責任感が強い人である」と判定してしまうがこれは明らかに間違いである。
 こうしたミスジャジをしてしまう人は、もの事を論理的に考えるのが苦手な人で、どうしても情緒的にものごとを判断してしまう傾向がある人に多い。それだけに、自分の考え方に自信が持てず、「あの人ならどうするだろう」と他人の目を気にしてしまい、自分の力で正解を探す努力をするよりも、他人と違う答えを出すことを恐れている。
 これから仕事に取りかかろうとする時も、何から手をつければいいのか自分で判断するよりも、上司や同僚に意見を求めてしまう。初心者である場合は別として、一つのまとまった仕事を与えられた場合、その仕事をどのような手順で進めるべきかは、自分で決めるしかない。その判断ができることを前提に仕事が割り当てられているはずだからである。
 仕事が早い人というのは、アクションを起こすのが早いのは勿論のこと、前捌きの段階で仕事の質量を把握してしまい、デッドラインを着手すると同時に設定してしまい、自分を追い込むことで達成に向けてのプロセスをデザインしてしまう。このプロセスをイメージできないため、何から手をつければいいのか判断がつかずスタートが遅れてしまう。
 自分のことを自分で決められない人は結構多いもので、時には自分はどんな食べ物が好きなのかを他人に尋ねるに等しいような滑稽な人もいる。それほど極端ではないと自分では思っていても、どうもそれに近いのではないかと疑いたくなるような人は確かに存在する。面接で「何が得意ですか」と問われても即答できないのも似たような人である。
 同じような環境の下で仕事をしていても、学習する意欲に欠けていれば、情報を収集する動機も弱いわけであるから、これを加工して分析する能力も研かれないことになる。こうして停滞した循環システムが自分の中に根づいてしまう。これが、自己完結的にものごとを組み立てる能力が育ちにくくなってしまう原因なのかもしれない。